誤嚥リスク軽減のための『とろみ剤』

とろみ剤とは、飲み込みの機能が低下してしまった人が安全に食べるために水分のとろみ付けに使われます。

とろみ剤はドラッグストアなどでも簡単に手に入り、粉末や液体のものなど各メーカー様々な種類があります。

病院で働いていた頃は院内で統一した粉末のものしか使ったことがなく、先日液体のとろみ剤を初めて使いました。とても混ざりやすく使いやすくて驚きました!

今回はとろみ剤について、代表的な物質である片栗粉やキサンタンガム、液体のとろみ剤の特許について解説していきます。

とろみ剤の必要性

食べることの意味

食べること、嚥下(飲み込み)については介護用品の解説を通して何度かお話してきました。

高齢化に伴い、食べることをサポートする道具がたくさん開発されています。

これは食べることが体に必要な栄養をとるために欠かせない一方で、誤嚥などが原因で命に関わる危険があるからです。

また、人にとって「口から食べること」は単なる栄養摂取だけでなく「たのしみ」でもあるからです。

介護報酬において口腔機能や栄養に関する加算が作られる動きがあることから、介護現場での食べることを含めた支援が重視されていると言えます。

飲み込みやすい食品の特徴

若くて健康な時はにはあまり気にしないかもしれませんが、食べ物には飲みこみやすい物とそうでない物があります。

飲み込みやすい食品には以下の特徴があります。

密度が均一: 食べ物の中に密度が高い部分と低い部分があると、軽い部分だけ先に流れたり、重い部分が詰まってしまいます。例えば水分と固形物とに分かれている具の入ったスープなどです。

適度な粘度: サラサラすぎると誤嚥しやすく、ドロドロすぎると力が必要になり、飲み込みにくくなります。

ばらばらにならない: 水分が少なくパサパサした食べ物は、ポロポロ崩れると喉でまとまらず、気管に入りやすくなるため、誤嚥しやすくなります。

咽頭通過時に変形しやすい: 食べ物が硬く大きな塊だと喉や食道の形に合わず、無理がかかってしまいます。

べたついて粘膜に付着しにくい: 喉にくっついて残りやすいため、食べ物がスムーズに送り込めません。例えばお餅や焼き海苔などです。

水が誤嚥しやすい理由

飲み込みにくい食品の中でも、最も注意必要なものは水やお茶などのさらさらの液体です。

水が誤嚥しやすい理由はさらさらとして動きが速いからです。

誤嚥とは、本来食道に入るべき食べ物や飲み物が、誤って気管に入り込むことです。

嚥下の反射や機能の衰えにより、飲み込むタイミングで喉頭蓋というフタが気道を閉じる仕組みがうまく働かなくなると、動きの速い水は気管に入りやすくなります。

嚥下に関してはこちらでも説明しています。→カプサイシンで誤嚥予防 嚥下障害に『Kスプーン』

嚥下障害は疾患によるものもありますが、高齢になると誰でもその機能は衰えてきます。弱ってくる足腰と同じで、食べる機能を劇的に回復する方法は存在しません。

誤嚥は人間が長生きしすぎるようになったことによる人間特有の悩みですが、実は人間は元々進化の過程で、体のつくりが誤嚥しやすくなっているのです。

それは人間が言葉でコミュにケーションを取り進化してきたことが理由です。

他の生物比べて巧みな言語操ることができるのは、咽頭腔という飲み込みと呼吸が共同して使用する空間が広く、複雑な音を生み出すことができるからです。

しかし、この空間が存在することが誤嚥の原因にもなります。

下のイラストを見てください。

人間は、他の哺乳類に比べて喉(咽頭)が体の奥側(肛門側)に位置しており、喉頭蓋と軟口蓋の間で広がっています。

喉頭蓋は喉にあるフタのような構造で、飲み込むときに気管を閉じて食べ物や飲み物が気管に入らないようにしています。

また、軟口蓋は口の奥にある柔らかいフタで、食べ物や飲み物が鼻に逆流するのを防ぎます。

この2つのフタが働くことで、食べ物は正しく食道に送られる仕組みになっています。

しかし、人間の場合、喉頭蓋と軟口蓋の位置が離れているため、飲み込むための通り道(咽頭腔)が呼吸の通り道と一部重なり、誤嚥しやすい構造になっているのです。

元々誤嚥しやすい上に、寿命が延びたことで、人間にとって誤嚥リスクは避けて通れない課題となっています。

とろみ剤について

種類

特に注意が必要な水やお茶にはその人の機能にあったとろみをつけることで安全に飲み込むことができるようになります。

そのために使われるとろみ剤は、今はドラッグストアなどで簡単に手に入りますが、とろみ剤が市販されるようになったのは1990年代のことです。

当時は片栗粉のようなデンプン系が使用されてきました。

その後需要増加とともに改良が進み、

デンプン系 → グアーガム系 → キサンタンガム系

と機能的に優れたものが開発されてきています。

デンプン系・キサンタンガム系の違い

とろみ剤はどのような点が進化してきたのか、料理にも使われている身近な片栗粉と、現在主流であるキサンタンガムの違いを詳しく見ていきます。

デンプン系

構造・特徴

片栗粉の主成分はデンプンです。

デンプンは、植物由来の多糖類で、主成分はアミロースアミロペクチンです。

<アミロース>

<アミロペクチン>

画像引用元:Wikipedia デンプン

これらは多数のグルコース分子が結合したものです。

料理で使う水溶き片栗粉は粉が下に沈むことからわかるように、デンプンは水に溶けにくい特性を持っています。

この多糖類が水に溶けにくいのは、その分子構造と性質のためです。

デンプンはとても大きな分子で、水分子と全体が接触しにくいのが特徴です。

また、デンプンの-OHの部分により分子同士が水素結合で強く結びついており、この結合が水分子が入り込むのを妨げています。

この水素結合に使われていない炭素骨格部分は疎水性であり、水と結びつかないためさらに溶けにくくなります。

さらに、グルコースのOH基の多くが分子内部に隠れているため、水と結びつける部分が限られています。これらの性質が、多糖類が水に溶けにくく沈殿する理由です。

とろみのメカニズム

料理をしたことがあれば当たり前の知識ですが、片栗粉は水に混ぜて加熱することでとろみがつきますよね。この時分子レベルでは何が起こっているのでしょうか?

そのメカニズムの説明の前に、そもそもとろみとは何かについて説明します。

液体がとろっとしている状態を「粘性がある」といいます。

液体の粘性は、分子間の引き合う力によって決まり、この力が液体分子の動きを制限することで液体が流れにくくなります。

水分子は液体の状態ではさらさらとしており、粘性は低い状態です。

そこに片栗粉を加えると、片栗粉に含まれるデンプン(アミロースとアミロペクチン)は水に溶けにくいため、最初は沈殿します。

しかし、加熱すると次の様な変化が起きます。

アミロースやアミロペクチンの分子間の水素結合が、熱のエネルギーによって緩み、デンプン分子がほどけてばらけます。

分子がばらけると、デンプン分子内の-OH基(ヒドロキシ基)と水分子が水素結合を形成し、デンプン分子が水を含んで膨張します。この現象を「膨潤」と呼びます。

膨潤したデンプン分子同士が液体中で絡み合い、分子全体が網目状になります。この絡み合いが液体の流動性を妨げ、とろみ(粘性)が発生します。

画像引用元:https://www.eng-book.com/pdfs/7eba2d687a90db4ed0fee07cc5b170a5.pdf?utm_source=chatgpt.com

デンプンが加熱されると「糊化(α化)」という現象が起きます。

デンプンは、分子が規則的に並び「ミセル」という安定した構造を作っていますが、加熱によってこの構造が壊れ、水分子がデンプン分子内に入り込み、膨らんだ状態(α化)になります。

一方、冷却されるとデンプン分子が再び水素結合を作り、ミセル構造に戻る現象「β化」が起きます。

デメリット

加熱が必要:片栗粉に含まれるデンプンは加熱すると糊化(α化)が起き、水分を含んでとろみがつきます。加熱する工程はかなりめんどうです。しかも冷却すると、一部が再結晶化(β化)して粘性が低下する場合があります。

唾液によってとろみがなくなる:唾液に含まれる消化酵素「アミラーゼ」によって、多くの糖が結合した構造であるデンプンが単糖類まで分解されて網目構造が崩れるため、とろみがなくなってしまいます。調整したとろみが変化してしまうと誤嚥のリスクになるため、大きなデメリットと言えます。

白く濁る:アミロースやアミロペクチンは水に溶けきらないため、水中に浮遊することで白く濁ります。

キサンタンガム系

構造・特徴

キサンタンガムは、微生物(特にキサントモナス属の細菌)によって生成される天然の多糖類です。

グルコースの主鎖にマンノース、グルクロン酸からなる長い側鎖がついた構造を持っています。

画像引用元:Wikipedia

キサンタンガムは水によく溶けます。

これは、分子内にOHを含む親水性の官能基を持つだけでなく、デンプンと比べて側鎖が長いため、分子同士が近づきにくく、分子間で水素結合を作る代わりに水分子と結びつくからです。

とろみのメカニズム

キサンタンガムは常温でもとろみをつけることができます。

加熱しミセル構造を壊すというプロセス以外は基本的にデンプンと同じです。

キサンタンガム分子には親水性の官能基(OH基やカルボキシル基)が豊富に含まれています。これらの官能基が水分子と水素結合を形成すると、分子全体が水分子に囲まれる「水和」状態になります

キサンタンガム分子が膨潤してサイズが大きくなります。

膨潤したキサンタンガム分子同士が液体中で絡み合い、網目状の構造を形成します。

この網目構造が液体全体に広がり、分子の動きを制限するため、とろみ(粘性)が発生します。

 

メリット

現在とろみ剤の主流であるキサンタンガムは、デンプン系に比べて多くのメリットがあります。

加熱する必要がない:常温でもとろみがつくため調理の手間がかかりません。

唾液による影響を受けない:デンプンと違い複雑な化学構造を持つためアミラーゼによって分解されず、摂取によりとろみがなくなることはありません。

見た目が変わりにくい:キサンタンガムは分子レベルで均一に水和するため、液体が透明なままです。

食品のにおいや味が変わりにくい:キサンタンガムは食品の中で中性に近い特性を持っています。分子に含まれるカルボキシル基(-COOH)は本来酸性の性質を持ちますが、食品に含まれるナトリウム(Na⁺)やカリウム(K⁺)と結びつくことでH⁺を放出しにくい形になります。その結果、キサンタンガムを加えても食品のpHが変わらず化学変化が起きにくいため、食品のにおいや味を変えずとろみをつけることができます。

酸性度の高い食品にも使用できる:キサンタンガムはpH 2.0~12と幅広いpHで安定な多糖類です。これは大きな側鎖が主鎖を覆うような形で存在することで保護しているためです。そのため酸性度の強いジュースやドレッシングなどにもとろみをつけることができます。

液体とろみ剤の特許

こちらの特許を読みました。

【公開番号】特開2015-84774(P2015-84774A)
【公開日】平成27年5月7日(2015.5.7)
【発明の名称】液状とろみ剤

液体とろみ剤の特徴・問題点

とろみ剤といえば粉末のタイプが主流ですが、液体とろみ剤を使ってみて、ダマが発生しにくいという点が最大のメリットだと感じました。

施設や病院でとろみをつける際、小さな泡立て器を使えばしっかりと混ぜることで粉末のとろみ剤でもダマの発生を抑えることはできます。

しかし、家庭ではスプーンなどを使って混ぜるため、どうしても多少のダマができてしまいます。

液状とろみ剤はあらかじめ水に溶かされているため、手撹拌でもスムーズに混ざり、とろみ剤を使い慣れていない人でも簡単にダマなくとろみをつけることができます。

ただし、液体とろみ剤には水が含まれているため、粉のように日もちさせるには加熱殺菌処理が必要です。

しかし、この加熱殺菌処理によって粘度付与効果が低下してしまうという問題がありました。

解決策

粘度が低下してしまうことは、とろみ剤の品質にとって致命的な問題ですよね。

こちらの発明では液体とろみ剤に塩類を加えることでその問題を解決しています。

具体的には、キサンタンガムなどの多糖類にグルコン酸ナトリウムやリンゴ酸ナトリウムなどの有機酸塩を含ませることで、加熱殺菌後を粘度付与効果を保持できるようにしています。

これらの有機酸は食品添加物としても使用されている物質です。

塩類により粘性を保つメカニズム

明細書内では『塩類含有させ加熱殺菌処理を行うことで、加熱殺菌後も優れた粘度付与効果を有する』と明記されています。

しかし塩類がとろみ付けにどのように働くのかについてははっきり書かれていないため、塩の役割について考えてみました。

ここでの「塩(えん)」とは、陽イオン(プラスの電荷を持つイオン)と陰イオン(マイナスの電荷を持つイオン)がイオン結合で結びついている化合物です。

この特許内で特に好ましいとされる「有機酸塩」とは、有機酸(炭素を含む酸性物質)が金属イオン(Na⁺やK⁺など)と結びついたものを指します。

多糖類が粘性を持つメカニズムは、すでに解説している通り、多糖類分子が水分子と結びつき膨らむ(膨潤)ことで分子同士が絡み合い、液体全体に網目構造を形成することでとろみがつきます。

しかし、殺菌のための加熱による熱エネルギーによって、多糖類分子と水分子の間の水素結合が緩み、分子が自由に動きやすくなります。

ここで分子同士の絡み合いがほどけてしまうことで粘性が低下するということは、塩は多糖類と水分子が離れないように何かしら働いていると考えられます。

塩類は水に溶けると陽イオン(Na⁺やK⁺)と陰イオンに電離します。

一方、多糖類分子に含まれるカルボキシル基(-COOH)は、水中で-COO⁻とH⁺になります。

H⁺を放出した多糖類分子はマイナスに帯電しお互い反発し合うため分子同士がほどけていってしまいます。

しかし、そこに塩の陽イオン(Na⁺やK⁺)が(-COO⁻)に引き寄せられて結びつくことで分子同士の反発を抑えることができ、膨潤したままの形を保つことができ、加熱殺菌処理後も粘度付与効果が維持されるのではないでしょうか。

まとめ

  • 人間はもともと誤嚥しやすいつくりになっています。
  • とろみ剤はデンプン系から改良され、キサンタンガム系へと進化してきました。キサンタンガムは常温で使用でき、見た目や味を変えないなど多くのメリットがあります。
  • とろみ剤には粉末タイプだけでなく液体タイプもあります。
  • 液体のとろみ剤には、加熱殺菌処理後でもとろみ付与効果を維持するための塩類が含まれています。

とろみ剤は、嚥下機能が低下した人々安全な食事を支える医療や介護現場には欠かせないアイテムです。

これから、要介護状態になっても家で介護せざるを得ないという状況になっていく可能性が高いため、さらに使いやすい商品が開発されていくのではないかと思います。

参照

食品開発ラボ:https://shokulab.unitecfoods.co.jp/

青山寿昭(2017),『まるごと図解 摂食嚥下ケア』,照林社

特開2015-84774 (2015).液状とろみ剤


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