剥離剤のメカニズム

現在、仕事でストーマの方のケアを行っています。

ストーマとは、腹部に作られる人工的な排泄口で、体内の排泄物を体外に排出するためのものです。原因の多くは大腸がんで、腸を切除してその一部を体外に出し、便やガスを排泄する経路を確保するために手術により造られます。

ストーマというと人工肛門のことを指す場合が多いのですが、人工膀胱のことも含まれます。

なぜストーマの話なのかというと、このケアで使用される剥離剤が非常に重要で、そこに関心を持ったからです。

ストーマの皮膚に装着したパウチを取り外す際には必ず剥離剤を使います。

この剥離剤を使うと、驚くほどスムーズ剥がせる上に、皮膚がベタベタしません。

しかも皮膚にダメージを与えることなく、しっかりと粘着していたパウチを剥がすことができるのです。

この記事では、その剥離剤のメカニズム、そして剥離剤の特許の内容についても解説していきます。

剥離剤とは

剥離剤とは、粘着剤などを剥がすために使う薬剤のことです。

市販の「シールはがし」も身近な剥離剤の一例で、素材を傷つけずシールやテープをきれいに剥がすために使用されます。

医療現場では、皮膚を傷つけずにストーマのパウチなどを取り除くために使われています。

粘着とは

まずは、剥がすことの前に「貼ること」について見ていきます。

粘着とは、物体の表面に対して粘着剤が働き、物質同士が引き合い、接着する性質のことです。


粘着・接着に関してはこちらの記事で詳しく解説しています。→医療用テープの秘密

ここでは物がくっつく3つのメカニズムについて簡単に解説していきます。

1.機械的結合: 物質の表面の凹凸に粘着剤が入り込み、物理的に絡み合って接着します。

2.物理的相互作用: ファンデルワールス力など、分子間の弱い力によって物同士が引き合います。

3.化学的相互作用: 物質と粘着剤の分子が化学反応を起こし、強力に結合します。

上記画像引用元:https://www.soken-ce.co.jp/product/PSA/knowledge/basic/adhesive_and_glue.html

剥離のメカニズム

剥離剤が粘着物を取り除くためには、粘着剤と接着面の間に働いている粘着力を弱めることが重要です。

粘着剤を剥がす際にはいくつかの方法が使われていますが、主に以下の3つに分類されます。

1.機械的剥離
テープを手で引き剥がすことです。この方法は力を加えて粘着剤を物理的に引き剥がすため、この手法のみに頼ると、皮膚への負担が大きくなりがちです。

2.化学的剥離
現場で皮膚からテープを剥がしにくい時、ワセリンやアルコールを使用することがあります。これらは、粘着剤を化学的に変化させて柔らかくし、接着力を弱めて剥がしやすくする方法です。しかし、専用の剥離剤と比べると効果はやや低く、十分な剥離が難しい場合もあります。

3.物理的剥離
シールをドライヤーなどで温めることで、粘着剤を柔らかくし、剥がしやすくする方法です。この方法は、粘着剤の性質を物理的に変化させることで、剥がしやすくします。

剥離剤の特許

ものを貼る・剥がす仕組みについて理解が進んだところで、以下の剥離剤の特許明細書の内容を見ていきます。

【公開番号】特開2014-218441(P2014-218441A)
【公開日】平成26年11月20日(2014.11.20)
【発明の名称】皮膚粘着剤用剥離組成物

発明の課題・従来の問題点

皮膚刺激の負担が軽く、皮膚粘着用品の皮膚からの剥離を容易にする皮膚粘着剤用剥離組成物を提供することを主目的とする。

医療用のテープなどは一見矛盾している、「しっかりと貼りつくこと」と、「皮膚に優しく剥がせること」の両立が望まれます。

特にストーマに使用するオストミー装具においてはそれが重要です。

ストーマのある人をオストメイトと呼び、ストーマからの排泄の管理に用いられるのがオストミー装具です。

オストミー装具は長年にわたり数日に一回の頻度で交換する必要があるため、皮膚の細かいしわや凹凸が少なくなった皮膚からは粘着剤が剝がれにくくなります。

従来は粘着剤の種類によって剥離剤の使い分けが必要でしたが、こちらはその種類によらず、皮膚に対して低刺激で剥離できる剥離剤です。

発明の概要

シリコーンオイルと、特定のエステル油とを含む剥離組成物を用いることによって、皮膚に対して低刺激で十分な剥離効果を発揮します。

では、この特許において剥離剤の効果生んでいる主要な成分とされている物質、シリコーンオイルとエステル油について、詳しく見ていきます。

成分の作用

シリコーンオイル

・『シリコーン』と『シリコン』との違い

「シリコーン」はノンシリコンシャンプーなどとよく聞く「シリコン」とは違います。

シリコンは元素、シリコーンは化合物のことです。

シリコン:元素記号は「Si」、原子番号は14の元素そのもの。二酸化ケイ素(SiO2)として自然界に多く存在しています。

シリコーン:Siを基に作られた化合物。シクロサン結合(Si-O-Si)が主鎖となり、側鎖に有機基(メチル基など)がつながった構造となっています。

・シリコーンオイルの構造

引用元:Wikipedia

シリコーンオイルとは、シリコーン中のシロキサン結合が2000以下の直鎖構造を持つポリマーで、これにより液体状のオイルの性質を示す物質です。

ちなみに、前回の記事でのCVポートで使用されていたシリコーンゴムは、素材は同じシリコーンですが、構造が異なります。

シリコーンゴムとは、シロキサン結合が5000 – 10000の直鎖構造を持つ分子で、これによりゴムの性質を持ち、主に二次加硫を経て利用される材料です。

シリコーンオイルは分子量が小さく、分子が自由に動けるため、液体の性質を持ちます。一方、シリコーンゴムは分子量が大きく、分子同士が絡み合って弾力性があります。さらに、ゴムの加硫と呼ばれる処理(分子同士が硫黄で結びつけられている)により柔軟性を保ちながらも高い弾力性と耐久性を持ち、幅広い用途で使用されます。

・シリコーンオイルの特性

高い保護効果と皮膚に優しいという特性から、化粧品や日用品の成分であり、医療でも用いられています。

また、シロキサン結合(Si-O-Si)は、酸素とケイ素の電気陰性度の違いも一因となり強く結びついているため、化学的に安定していることから、耐熱性耐候性の高さも特徴です。

・ヘキサメチルジシロキサン

こちらの特許で、剥離剤の成分として適するとされているものの一つがヘキサメチルジシロキサンです。

引用元:Wikipedia

ヘキサメチルジシロキサンは分子量が小さく揮発性が高い、と記載があります。

シリコーンオイルのシロキサン結合は分子内で強い結びつきを持つものの、ヘキサメチルジシロキサンは分子量が小さく、分子間力が弱いため揮発性が高くなるということでしょうか。

そのため、皮膚に残らずに乾燥し、皮膚への刺激も少なく剥がすという効果が生まれます。

エステル油

・エステルとは

エステル油は、エステル結合をもつ化合物を主成分とした油です。

エステルとは、一般的にはカルボン酸アルコールが反応してできる化合物です。

カルボン酸とアルコールが脱水縮合反応を通じて形成されます。この反応により、水分子が除去され、エステル結合(-COO-)が作られます。

引用元:https://www.jushiplastic.com/esterification

このRやR´は炭化水素基(炭素と水素から構成される基)で、これが変化することで様々なエステル油が作られています。

・エステル油の特性

こちらの特許において適するとされているエステル油は何種類も挙げられています。

これらの物質は、粘着剤の成分を溶解することができると記載されていますが、それは疎水性を持つ炭化水素鎖を含んでいるからだと考えられます。

粘着剤は水では剥がれにくいことからもわかるように主に疎水性であり、疎水性の物質同士であれば互いに溶けやすくなります。

また、皮膚への浸透性が適度で、エモリエント効果(皮膚を柔らかくする効果)を発揮し、アレルギー反応が生じにくいという特性も持っています。

そのため粘着剤を溶かして剥がしやすくし、皮膚に優しく負担をかけずに粘着物を除去することができます。

シリコーンオイルとエステル油の組み合わせの効果

シリコーンオイルとエステル油は、それぞれが持つ疎水性によって、粘着剤との相溶性を発揮します。

相溶性とは、二つの液体が溶けて混ざり合う性質のことです。剥離剤が粘着剤が溶けて混ざり合うことで、その表面では粘着剤の分子が分散して結合力が弱まります。

シリコーンオイルは粘着剤を素早く溶解し、揮発して皮膚に残らず、エステル油が粘着剤を柔らかくして剥がしやすくする効果を発揮します

ただし、相溶性が高すぎると、粘着剤が過剰に溶け出して皮膚にべたつきが残ることがあるため、剥離剤の成分の種類や割合が調整されています。

これによって、皮膚への負担を最小限に抑えつつ、スムーズにきれいに剥がすことができるのですね。

まとめ

高齢者の皮膚は薄く、脆弱であるため、テープを剥がす際には細心の注意を払う必要があります。

剥離剤は日常的には使用しませんが、オストミー装具(ストマパウチ)などの皮膚への強い粘着が必要な場合には、必ず専用の剥離剤が使われています。

剥離剤は、補助的によく使うワセリンやアルコールとは違い、すっと剥がれるのにべたべたせず、むしろ剥がした後にさらさらしている気もします。

特許明細書の内容から、シリコーンオイルとエステル油の組み合わせにより、粘着剤を効率的に溶解しつつ、皮膚に負担をかけずに剥離できることがわかりました。

ストーマのケア用品は長年同じものを使用している人が多いのですが、こういった知識を活かして、より適切なケア用品の提案していけたらと思います。

参照

佐藤誠. 特開2014-218441. 公開日: 2014年11月20日. 皮膚粘着剤用剥離組成物.

宮島正子監.ストーマ・排泄ケア,学研メディカル秀潤社.2018

洗浄溶解接着など お役立ち便覧:https://www.sankyo-chem.com/wpsankyo/299

Nitto テープミュージアム:https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum

Wikipedia シリコーン:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3

Wikipedia エステル:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB

日本化粧品工業会 JCIA:https://www.jcia.org/user/public/knowledge/glossary/moisturizing

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