今回も医療用テープについて取り上げます。
一般的には馴染みが薄そうな「皮膚接合用テープ」について、ニチバンと3Mの特許をもとにその特徴を解説していきます。
皮膚接合用テープとは
皮膚接合用テープとは、手術やけがなどの創部を覆って閉じるために、傷口を縫う代わりに皮膚を寄せて貼り合わせる医療用テープです。
縫うほどではないが創の閉鎖が望ましい場合や、処置後に一部縫合が外れてしまったとき、また、抜糸後しばらく念の為に傷口をとめておく場合などに使用されます。
医師が貼るものと思われがちですが、実際には看護師が貼ることも多くあります。
私の経験上ですが、皮膚接合用テープは病院だけでなく高齢者施設でも処置用として常備されており、実際に皮膚の表皮剥離の処置によく使用しています。
表皮剥離でめくれた表皮がまだ残っている場合には、元の位置に寄せてナートテープを貼っておくことで、よりきれいに治るケースがあります。
現場でよく使用されている皮膚接合用テープには、ニチバンの「ファスナート」と3Mの「ステリストリップ」があります。
実際、皮膚接合用テープ=「ステリテープ」で通じるくらい、3Mのステリストリップが多くの現場で使用されていると思います。
いくつかの職場を経験する中で両方のテープを使用したことがありますが、感覚的な印象としては、肌にやさしいのはファスナート、剥がれにくいのはステリストリップという違いを感じました。
皮膚接合用テープの特許
ファスナートと思われるニチバンのテープの特許と、数種類あるステリストリップ製品の1つであると思われる特許を読み解き、それぞれのテープの特徴を解説していきます。
これらの特許はともに、皮膚接合用テープに最も求められる機能である「皮膚を寄せて創部が開かないようにしっかりと固定すること」を課題としています。
ニチバン
【国際公開番号】WO2017/018315
【国際公開日】平成29年2月2日(2017.2.2)
【発行日】平成30年5月10日(2018.5.10)
【発明の名称】皮膚縫合用又は皮膚縫合後の補強用テープ
<特徴>
- ポリエステル不織布の支持体に縦方向に樹脂縞が設けられています。

画像:WO2017/018315より一部加工
- 樹脂縞にはエチレンと酢酸ビニルの共重合体(EVA)が用いられています。EVAは、結晶性のエチレンと、非結晶構造をもつ酢酸ビニルからなるため、弾性と柔軟性に優れています。テープの支持体にこの樹脂縞を適切な幅と間隔で設けることで、縞の縦方向には伸びにくいが、皮膚が動いてもフィットするテープとなります。
- テープは傷口に対して直角に貼ります。樹脂縞がテープを縦方向に伸びにくくしていることで、皮膚の動きによって創部が開くのを防ぐことができます。
- 樹脂縞を設けることによって通気性が低下するため、樹脂縞の幅や間隔を工夫し、全面を覆わないように設計されています。
- 支持体の素材にはポリエステル不織布が使用されています。ポリエステル自体は疎水性で結晶性が高く通気性の低い素材ですが、不織布は繊維が絡み合った構造で繊維間にすき間があるため、全体としては通気性があり蒸れにくくなります。

画像引用元:https://store.shopping.yahoo.co.jp/tanomail/6627900.html
3M
【公表番号】特表2005-526571(P2005-526571A)
【公表日】平成17年9月8日(2005.9.8)
【発明の名称】創傷閉鎖システムおよび方法
<特徴>
- こちらの特許で特徴的なのは、創部に隣接部した部分に流動性の皮膚塗布剤を塗布してテープの固定を補強するという方法です。
- 下の図のように、テープの中央辺りに閉鎖する創部の真上となる創傷架橋部があり、そこから端までの長さ・形は左右対称ではありません。これを交互に入れ子状に貼ることで、テープ同士の間隔を空けず、創部をより密に接合できます。


画像:P2005-526571Aより一部加工
- 使用されている塗布剤にはシロキサン含有ポリマーと溶媒が用いられています。シロキサンポリマーはシロキサン結合(Si–O–Si)を持ち、安定で皮膚刺激が少なく、ポリマー全体は水に強くて剥がれにくい素材です。そして分子間は非結晶性で柔軟性もあります。
- 皮膚塗布剤は創傷架橋部(閉鎖する創部の真上)には付着しないよう、隣接した部位にのみ塗布して創部を固定します。塗布剤が創傷部に付いてしまうと、剥がす時に創部が開いてしまう可能性があります。そのため創傷架橋部には多孔性の素材を用いて通気性をよくしており、塗布剤が架橋部に浸透してしまっても、蒸発して塗布剤が皮膚に付かないようにしています。
- 支持体には、弾性不織布のポリウレタンなどが用いられています。これにより柔軟性と通気性を持ち、皮膚にやさしい構造となっています。
- 一般的なステリストリップの構造についても特許内で説明がされています。ステリストリップは支持体に不織布を使用し、縦方向に強い繊維で補強することで、創傷の端部が剥がれにくい構造にしています。実際テープにはファスナートの樹脂縞と同じように、少し盛り上がっている細いストライプの線があります。

画像引用元:医療用ステリストリップ
特性の違い
固定力の工夫
●ニチバン:縦方向に伸びにくい樹脂縞を設けることで、創部を固定しています。
●3M:ステリストリップはファスナートと同じように、補強繊維を不織布に沿って配置し、創部を固定しています。こちらの特許のテープは、貼付した後に、創部に隣接する皮膚に流動性接着剤を塗布してテープをしっかり皮膚に固定することで創部の開きを防止します。
皮膚へのやさしさ
どちらのテープも医療用であるため皮膚にやさしい素材が選ばれていますが、ここでテープが「皮膚にやさしい」とはどういうことなのかを少し深掘りして解説してきます。
皮膚にやさしいとされる素材には、化学的物理的にいくつかの根拠があります。
まず、化学的に安定な素材は、皮膚表面の水分やタンパク質などの分子と反応しにくいため、刺激で炎症などが起きるリスクが少なくなります。
例えば、どちらの特許でも粘着剤として好ましいとされているアクリル系粘着剤は極性が小さく分子構造が安定しており、皮膚との化学反応が起こりにくいため、刺激の少ない素材とされています。
次に、通気性については、素材そのものの分子構造や加工方法が関係します。
例えば、ポリエステルのように結晶性の高いポリマーは本来通気性が低いのですが、不織布に加工することで繊維の隙間が生まれ、空気や水蒸気を通しやすくなります。これにより、蒸れや皮膚のふやけを防ぎ、皮膚を正常な状態に保つことができます。
さらに、柔軟性や弾性があることで、皮膚に馴染みやすくなり、テープが皮膚の凹凸や動きに追従しやすく、皮膚を引っ張るような刺激が少なくなります。
柔軟性や弾性は、素材が非結晶性構造を持っていたり、分子間の相互作用が弱く可動性が高いことで生まれます。
このように皮膚にやさしい素材を使用しているのは大前提となりますが、それ以外にも以下のような工夫も見られます。
●ニチバン:テープは横方向には伸縮性を持つため、動きによる皮膚の負担が少なくなっています。また、樹脂縞は通気性を低下させるため、テープ全体を覆わないように配置されています。
●3M:塗布剤が創傷の真上の部分には接着しないような構造になっており、剥がす際に創傷部へのダメージを抑える工夫がされています。
価格
医療材料のカタログを参考に、同じようなサイズのテープで比較しました。
●ニチバン ファスナート:3本×30袋→5000円(約56円/本)
●3M ステリストリップ:3本×50袋→10000~13000円(約66~87円/本)
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現場での使用感
現在関わっている施設では、3Mのステリストリップを使用しています。
ステリストリップを採用している現場が多いと思いますが、こちらの特許のような「テープを貼付した後に接着剤を塗布するタイプ」の製品については、現場で実際に使用されているのを見たことがありません。
こうしたタイプの製品は、しっかりと固定する必要のある創部に対して効果的であり、病院での処置向けではないかと思われます。
接着剤を塗布するという手間もあるため、簡易な処置がほとんどである現場では、そこまでの性能は必要ないのかもしれません。
おわりに
今回、ナートテープに関する2件の特許を読み、実際に使用して何となく感じていた違いも、特許を通じて構造を知ることでその根拠を確認することができました。
医療用のテープは職場で与えられたものを使うことがほとんどだと思いますが、調べるとナートテープだけでも多く製品があることを知りました。
テープを使う機会が多いのは看護師であるため、看護師の視点から製品選びに関わることができれば、よりよいケアに繋がるのではないかと感じます。
3月後半から更に思うように自分の時間を作れずにいましたが、引き続き学習は進めながら、医療機器や材料をリサーチしつつ、医療機器ビジネスについての基礎的な本を読み進めています。
参照
WO2017/018315(2017年2月2日公開)「皮膚縫合用又は皮膚縫合後の補強用テープ」ニチバン株式会社
特表2005-526571(2005年9月8日公表)「創傷閉鎖システムおよび方法」3M(スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー)
プラスチック・ジャパン・ドットコム https://plastics-japan.com/
生活と化学 https://sekatsu-kagaku.sub.jp/
卜部吉庸.化学の新研究,三省堂,2021