嚥下障害に『Kスプーン』

人にとって食べることは、単に口から栄養を摂ること以上の意味があります。

食べることだけが楽しみという人もいるし、仲良しが集まれば何か食べたり飲んだりしながら楽しい時間を共有することが自然な流れですよね。

しかし、病気や加齢により飲み込みが難しくなると、その楽しみが奪われてしまうことがあります。

自分や家族がそういった状況になったとしたら、「できれば口から食べたい。」「食べさせてあげたい。」と思う方がほとんどではないでしょうか。

そんな時、適切なサポートが必要になります。

嚥下障害の方はその状態によって飲み込みやすい食べ物を選ぶ必要がありますが、使用するスプーン選びも大切になります。

今回は嚥下障害にスポットを当てた『Kスプーン』という介護用スプーンについて、その特許明細書の内容も基にして紹介していきます。

嚥下のプロセス

嚥下についてはこちら記事でも触れています→『カプサイシンで誤嚥予防』

食べ物を口に入れて喉を通る過程は3段階に分けられますが、今はその前後を含めた5期モデルで説明されるようになってきています。

引用:https://www.kango-roo.com/ki/image_1179/

認知期(先行期)
五感で食物を認知しどのように食べるのかを判断する、スタートとなる時期です。認知症などが原因で食べ物と分からない、食べ方が分からない、絶え間なく口に運んでしまうこともこの時期の障害です。


準備期
認知した食物を口腔内に入れ、咀嚼し唾液と混ぜて飲み込むのに適した形態にします。舌の上でまとめられた食べ物を食塊といいます。


口腔期
食塊が舌の運動によって口から咽頭まで送り込まれます。


咽頭期
食塊が咽頭から食道の入り口まで送り込まれます。ゴックンという反射が起こる時期です。


食道期
食塊が食道の蠕動運動により胃に移送されます。

嚥下障害の種類

嚥下障害とは、嚥下のプロセスのどこかに障害が生じている状態のことをいいます。

原因は様々ありますが、器質的障害機能的障害に分けられます。

 器質的な原因:構造そのものに異常がある場合(例:口や唇の先天奇形など)

 機能的な原因:動きや感覚が障害される場合(例:脳血管疾患や神経疾患、加齢によるもの)

 その他の原因としてうつ病などの心因的問題も含まれます。

Kスプーンの特徴

Kスプーンは、嚥下障害を持つ人と介護者のために特別に設計されたスプーンです。

このスプーンを知ったのは、母が神経難病により自分で食べることが難しくなってきて、飲み込みに時間がかかりむせるようになってきた時、主治医からサンプルをもらったことがきっかけでした。

実際、このスプーンによって食事の介助がとてもスムーズになったのです。

なぜ嚥下障害を持つ人に使い易いのか、Kスプーンに関する特許の内容も基に、その特徴を解説していきます。

嚥下反射を誘発するデザイン

嚥下反射部位刺激手段としている持ち手の端にあるこの部分が、スプーンの大きな特徴です。

画像はKスプーンです。

丸印の部分で嚥下反射部位を刺激することによって、ゴックンという飲み込みを誘発することができるようになっています。

K-pointと呼ばれている嚥下反射部位は下の奥歯の更に奥の届きにくい場所にあるのですが、Kスプーンの細く滑らかに少しカーブした形状によって簡単に刺激することができるのです。

このK-pointに関しては後ほど詳しく説明していきます。

安全な食物摂取

食物載置部(食べ物をすくう部分)は、一般的なスプーンよりも小さく、平らで薄くなっています。

この形には以下のようなメリットがあります。

一口量が多くなりすぎず、窒息や誤嚥のリスクを軽減できます。

ここが深いものだと、食事介助の際にスプーンに載った食べ物を前歯や上唇でこそげ取るようにスプーンを斜め上に引き抜いてしまうことがあります。すると顎が上がり、誤嚥しやすくなってしまいます。平らに近いことで、そういった不適切な介助を防ぐことができます。

薄く平らであるためゼリーを薄くスライスして提供することできます。ゼリーをあらかじめクラッシュした方が食べやすそうにも思えるのですが、嚥下機能が低下していると、口腔内に残ってしまったり喉の奥にずるずると滑っていってしまう場合があります。そのような場合にはスライス型ゼリーを丸呑みするようにしてもらう方が安全に飲み込めるのです。

舌の動きが悪い場合でも、口腔内に入れたスプーンをひっくり返して奥舌に食べ物を置くことができます。

このように小さく平らで薄い形状により食べ物が誤嚥されるリスクを減らし、安全に摂取することに繋がっています。

しかし、自力摂取できるような方などではすくえる量が少なすぎて食べにくいため、そういう方のためにすくう部分を一回り大きくしたK+(プラス)スプーンも売られています。

そして、全体的な形も断面も全て滑らかに作られていることで、口腔内や粘膜を傷つけないという安全への配慮もなされています。

持ちやすい設計

把持部(柄の部分)は、介護者または患者がスプーンを持ちやすいように設計されています。

柄が長いため介助者が柄の先端を一緒に持ち、すくう量の調整や食事のペースを調整することができます。

K-pointとは

ではここで、K-pointについて詳しく説明していきます。

K-pointは口腔内の臼後三角後縁のやや後方の内側にある部位のことを指します。

試しに下の図で示された辺りの少し内側を指で押してみてください。

引用:https://knowledge.nurse-senka.jp/1356/

触ると何か気持ち悪いというか、他の部分とは違う、不快な感覚が敏感に感じられると思います。

声かけしても口を開けれず、力で開けようとすると更に咬み込んでしまうような方の口腔ケアの時、K-pointを刺激するとマジックのように口が開きます。本当に。

K-pointのKは元聖隷クリストファー大学教授であった小島千枝子先生が臨床経験の中で発見し、イニシャルの『K』をとってつけられた名前なのです。

何かの横文字の省略と思いきや、Kojima-pointだったとは‥

発見したのは、くも膜下出血後の後遺症のため嚥下障害があり、中々口の開かない方の嚥下の訓練で苦戦されている時だったそうです。

「あくびの時は大きな口が開くのに、開口障害があるのはなぜか?」という理由を探るべくケアをされる中、スプーンの先端が口腔内のある部位に触れると口が開き、それに続き咀嚼と嚥下運動が起こることの発見に至ったとのことです。

その後の研究でこの反応は偽性球麻痺の患者さんに現れることから、大脳の抑制が取れた結果の異常反応ということが分かりました。

そして、成長とともに大脳の抑制がおこなわれる前の新生児でも同様の反射が起こることから、原始反射であることも実証されているのです。

そのため、この反射は健常者には起こりません。

K-pointを刺激する方法はK-methodとして、臨床において嚥下機能が回復した成果が発表されています。

母の介助をする時、反対側の端の部分でK-pointを押して開口してもらい、その隙に食べ物を舌に載せる、という使い方をしています。

指で刺激しようとすると押しにくく咬まれる恐れもあるのですが、Kスプーンだと、すっと入るし安全です。

このスプーンのおかげで介助者の負担がかなり軽減されますし、嚥下も促進されるからかスムーズに食べてくれます。

購入方法

Kスプーンは、オンラインショップで誰でも購入できます。

Kスプーンは、安価で多くの人が使えるように、複雑な形にせず、量産できるよう工夫されています。

価格は約1000円。

普通のスプーンと比較すると高い気がしてしまいますが、嚥下のサポート用品としては高いとは思えません。

スプーン1つ買って試すことができるなら、個人や小規模施設でも取り入れ易いですよね。

まとめ

Kスプーンは、嚥下障害の方、特に食事介助する側にとってとても有用なスプーンです。

私も母の体験を通じてその効果を実感しています。

口が開かないと、もう食べること自体が無理なのでは、と思えてしまうんですよね。

そんな開口障害や嚥下障害で悩んでいる方や介護をしている方にぜひ試してほしいと思います。

また、特許明細書を読んでその独自の設計と機能についても理解することができました。

今は化学の勉強を進めながら、職場では休憩時間などを使って、こういった看護・介護に関係のある特許明細書を読んでいます。

化学の学習や特許明細書読むことで、看護の仕事へのシナジー効果も発揮できるように今後も進めていきたいと思います。

参照

青山寿昭(2017),『まるごと図解 摂食嚥下ケア』,照林社

特開2005-211639, 嚥下障害対策手段, 株式会社青芳製作所, 2005/8/11

小島千枝子(2013),「臨床研究に対する姿勢への提言
―開発した摂食・嚥下障害患者に対するアプローチを通して考える―」,『リハビリテーション科学ジャーナル』

コメント

タイトルとURLをコピーしました