施設や在宅看護に関わるようになり、看取りに立ち会う機会が増えました。
看取りというと、ドラマによくある、『最期の言葉を残しその後静かに息を引き取る』という場面を想像する方が多いと思います。
しかし実際多くの場合は、意識レベルが低下して会話できるような状態ではなく、無呼吸の出現など呼吸が変化していきます。
この記事では、看取り期の呼吸の変化や、pH、体の酸塩基平衡について詳しく解説していきます。
呼吸
呼吸は生命の兆候の一つで、生物はみな、呼吸しないと生きていけません。
一般的に呼吸とは、息を吸って酸素を取り込み、息を吐いて二酸化炭素を出すことを指しますが、体内では肺胞と血液との間・血液と組織の間において、酸素と二酸化炭素のガス交換も行われています。
マラソンの後に酸素を吸ったり、ドラマで重病の人が酸素マスクをつけている場面を見ることがあるため、体に酸素が必要、ということは一般的によく知られているかと思います。
実際に生物の体中の細胞では、体外から取り入れた酸素を使って栄養分を分解し、生きるために必要なエネルギーをつくり出しています。
しかし呼吸においては、酸素の取り込みだけでなく、体内に溜まった二酸化炭素を排出することも非常に重要なのです。
その理由は、体内のpHを維持するためです。
pHとは
pHとは、理科で習ったリトマス紙の色の変化で分かる、液体の酸性・アルカリ性を示す指標であり、具体的には水素イオン(H⁺)の濃度を表します。
pHは0から14のスケールで表され、pH 7は中性、7より小さい値は酸性、7より大きい値はアルカリ性を示します。
たとえば、胃酸は強い酸性でpHが1~2、血液は弱アルカリ性でpHは約7.4です。
実際病棟で、経鼻胃管がちゃんと胃の中に入ったかを看護師が確認するためにリトマス紙を使ったことがあります。引けてくる液が胃酸なら、赤色に変わりますからね。
実は、pHは1違うだけで、水素イオンの濃度は大きく変わります。
なぜかというと、水素イオンの濃度の変化が非常に大きいので、それを扱いやすくするためにpHは対数スケールで圧縮して示しているからです。
引用元:https://www.atago.net/japanese/new/databook/databook-ph_ph.php
pHの1の違いは、H⁺濃度が10倍変化することを意味します。
そのため、体内のpHがわずかに変動するだけでも大きな影響が出てくるのです。
酸塩基平衡
体内のpH
私たちの体内では、細胞の代謝によって常に酸性の物質が生成されています。
二酸化炭素や、筋肉の疲労でたまる乳酸もその一例で、細胞の代謝の過程で発生する不要物といえるものです。
酸性の不要物が体内に蓄積すると、体が酸性に傾き、アシドーシスと呼ばれる状態になります。
体内の血液のpHは、通常7.35〜7.45の狭い範囲で保たれており、この範囲を外れると体の代謝に不可欠な酵素の働きに悪影響を与えます。
そのため、呼吸で二酸化炭素を出すことが大切なのです。
しかし呼吸だけでは酸性の不要物を出し切ることができません。
そのため、pHのバランスが崩れた際は、呼吸の他にもそれを調整する働きが備わっています。
酸塩基平衡の調整
体内での酸塩基平衡を保つためには、二酸化炭素(CO₂)と水(H₂O)が反応して炭酸(H₂CO₃)を生成し、さらにそれが水素イオン(H⁺)と重炭酸イオン(HCO₃⁻)に分解される重要な反応が行われます。
この反応は次のように表されます。
CO₂+H₂O⇌H₂CO₃⇌H⁺+HCO₃⁻
体内の酸塩基平衡は、この反応式に基づき、呼吸を含めた3つの主要なメカニズムによって調整されています。
1.体液の化学的酸塩基緩衝系
血液や体液中に存在する緩衝システムが、H⁺の急激な増加を防ぎます。CO₂がH₂Oと結びつき、炭酸(H₂CO₃)を形成した後、それがH⁺とHCO₃⁻に分解され、体内の酸性度が調整されます。
2.呼吸による調整
呼吸は、CO₂を体外に排出することで酸塩基バランスを維持します。代謝によって生成されるCO₂は血液を酸性に傾けますが、呼吸中枢がCO₂濃度を感知し、速く深い呼吸を促すことでCO₂を排出し、pHを正常範囲に戻します。
3.腎臓による調整
腎臓は、尿中にH⁺を排出することで、酸塩基バランスを維持します。H⁺がアンモニウムイオン(NH₄⁺)として排出されるとともに、重炭酸イオン(HCO₃⁻)を再吸収して体内の緩衝能力を高めます。H⁺の排出が追いつかない場合、H⁺とHCO₃⁻が結合してCO₂とH₂Oに分解され、CO₂は呼吸を通じて排出されます。
アシドーシスとアルカローシス
体内のpHが正常範囲(約7.35〜7.45)から外れ酸塩基平衡が崩れると、アシドーシス(酸性に傾く)またはアルカローシス(アルカリ性に傾く)という状態が発生します。
それらは原因に応じて2つに分類され、呼吸性と代謝性に分かれます。
呼吸性アシドーシス:CO₂が十分に排出されず血液が酸性に傾く状態を指し、呼吸機能の低下などが原因で発生します。
代謝性アシドーシス:呼吸以外が原因で発生するもの、例えば腎臓が酸を適切に排出できないか、酸性の代謝物が過剰に蓄積することで起こります。
呼吸性アルカローシス:過剰にCO₂が排出される過呼吸などが原因で起こります。
代謝性アルカローシス:体液中の重炭酸イオン(HCO₃⁻)の増加や嘔吐での胃液(酸)の過剰な喪失が原因で起こります。
酸塩基平衡の移動
体内のpHの調整について、先に説明した反応式における平衡の移動に着目し、イラストを交えながら詳しく説明していきます。
アシドーシスやアルカローシスが発生すると、体内では平衡が移動し、反応が左右にシフトします。
これに対して、呼吸や腎臓の働きによって崩れたバランスを補正する代償反応を行い、以下のように酸塩基バランスを維持しようとします。
●CO₂が溜まると、CO₂はH₂Oと反応してH₂CO₃が生成され、H⁺とHCO₃⁻に分解されます。H⁺は腎臓でアンモニア(NH₃)などと結合してアンモニウムイオン(NH₄⁺)となり、尿中に排出されます。
●H⁺が溜まると、腎臓でHCO₃⁻が再吸収され、H⁺とHCO₃⁻とでH₂CO₃が生成されます。H₂CO₃はCO₂とH₂Oに分解され、CO₂呼吸によって排出されることで酸性度が調整されます。
このように、体内では緩衝システムが働き、生命維持のためにpHの調整が行われているのです。
看取り期の呼吸の変化とpH
看取り期に起こる呼吸のパターンの一つにチェーンストークス呼吸があります。
チェーンストークス呼吸とは、深い呼吸、浅い呼吸、無呼吸が周期的に繰り返される特徴的な呼吸パターンです。
引用元:看護roo!
この呼吸パターンは心不全や脳血管疾患といった疾患が原因で起こりますが、看取りの機会が増えた今、亡くなる前の変化として実際によく見られます。
看取り期には呼吸筋が弱くなって呼吸が浅くなり、換気量が減少することでCO₂が体内に溜まりやすくなります。
CO₂が溜まるということは、血液中のpHが低下し、呼吸性アシドーシスになっているということです。
通常、呼吸は血液中の二酸化炭素分圧(PaCO₂)に基づいて延髄の呼吸中枢により調整されています。
引用元:https://www.kango-roo.com/learning/2487/
この図に示されているように、呼吸のメカニズムは延髄の呼吸中枢以外にも、頸動脈小体や大動脈小体の末梢化学受容器それぞれが調整に関与していますが、ここでは主要なメカニズムである呼吸中枢の働きに着目し説明していきます。
CO₂が増加すると、延髄の呼吸中枢にある化学受容器がこれを感知し、呼吸を速く深くすることでCO₂を排出します。
普段私たちは、息切れして息が上がったあとに呼吸が少し止まる、なんてことはありませんよね。
しかし看取り期では、CO₂をたくさん排出するための過呼吸の後に、呼吸が抑制されて無呼吸状態になることがあります。
これは呼吸中枢の感受性が低下し、急激なCO₂濃度の低下を「CO₂はもう十分出したから、がんばって息しなくても大丈夫だな。」と勘違いしてしまい、呼吸が弱まったり止まったりして、調整がうまく行かなくなるために起こります。
結果として、無呼吸と過呼吸が周期的に繰り返される異常な呼吸パターンになります。
看取りの時期では、全身の機能が限界に近づく中でさまざまな変化が起こりますが、チェーンストークス呼吸は、呼吸性アシドーシスによるpHの変化が主な原因です。
まとめ
看取り期には、機能の低下により呼吸のパターンが変化しますが、その一例として、CO₂が溜まり呼吸性アシドーシスが起こり、pHバランスが崩れることでチェーンストークス呼吸が現れることがわかりました。
今ちょうど化学の学習において、pHの計算問題に取り組んだところです。
今回呼吸との関連を学ぶことで、pHについて、そのバランスが生命維持にとっていかに重要かが理解でき、今の現場でよく出くわす看取り期の呼吸の変化についても、改めて学びになりました。
参照
長尾大志. まるごと図解 呼吸の見かた. 照林社, 2016
坂井建雄.解剖生理学. 医学書院 .2010
ガイトン AC, ホール JE. ガイトン生理学 原著第11版. 御手洗玄洋,(監訳). エルゼビア・ジャパン, 2010.
看護roo!:https://www.kango-roo.com
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