インスリンというホルモン

インスリンは血糖値を下げるホルモンです。

糖尿病の治療では、注射でインスリンを補充しなくてはいけない方が多くいます。

インスリン注射と一口に言っても、実はたくさんの種類があります。

体内で分泌されるインスリンは1種類なのに、なぜ作用の違うインスリン製剤があるのでしょうか?

これには、インスリンの体内での基礎分泌追加分泌という2つの働きが関係しています。

インスリン製剤について知るには、まずはインスリンというホルモンが体内でどのように働いているのかを理解しなくてはなりません。

この記事では、インスリンというホルモンについて、体内の物質の移動など基礎的な知識とともに解説していきます。

ホルモンとは

はじめに「ホルモン」とは何か、そして体内でどのように働くのかを見ていきます。

生体内の細胞や組織、臓器が働くためには、情報を伝えるメッセンジャーシステムが欠かせません。

その中でも重要な役割を果たしているのがホルモンです。

ホルモンは特定の細胞で作られ、血液によって全身の細胞に運ばれます。

そして最初のステップとして、標的細胞に存在する受容体と結合します。

この受容体との結合が、ホルモンによる働きの最初のステップとなります。

受容体を例えるなら、ホルモンは「鍵」受容体は「鍵穴」のようなものです。

それぞれのホルモンには特定の鍵穴(受容体)があり、その鍵穴に合う細胞にだけ作用する仕組みとなっています。

あるホルモンは体内の広範囲の細胞に影響を与える一方で、あるホルモンは特定の細胞にのみに作用します。

こうした選択性を生み出しているのが、ホルモンごとに異なる受容体で、特定の受容体がない細胞にはそのホルモンは働かないということですね。

受容体は細胞膜上細胞質内核内に存在し、ホルモンと結合することで細胞内外の様々な反応を引き起こします。

ホルモンは、細胞から単純にポンっと放出され、血液の流れに乗っていたらたまたま標的細胞に出会えてラッキー、というわけではありません。

私たちの体の中では、たまたまの運に頼ることなく、複雑なシステムによってうまいこと物質がやりとりされています。

ここで、ホルモンの働きを理解するため、生体内の物質がどのように運ばれているのかを確認していきます。

生体内の物質の移動

細胞膜の構造と機能

生体内の物質の移動は、細胞内に必要なものを取り入れ、不要なものを排出するために行われています。

これにより、細胞内の代謝の維持、つまり、生命活動の維持ができるのです。

生命を維持するための活動は、細胞の代謝活動が集まったもの、ということは、体の中での物質の移動は、細胞レベルでの物質のやりとりとして捉えることが重要ということです。

細胞間の物質のやり取りは、を通じて行われているため、まずは細胞膜がどのような構造になっているのかを知っておく必要があります。

細胞膜は、リン脂質が二重に並んだ脂質二重層で構成されています。

このリン脂質は、親水性の頭部(親水基)と疎水性の尾部(疎水基)を持つ分子です。

親水性の頭部は水と相互作用しやすいため、細胞膜の内側と外側の水環境に向いて配置され、疎水性の尾部は水を避けるため二重層の内部で向き合っています。

この脂質二重層によって、水の中の環境である細胞の内外を隔て、親水性の物質と疎水性の物質を選択的に通過させることができます。

拡散

生体内の物質移動は基本的に拡散の原理によって行われます。


拡散とは、物質の粒子がある空間に広がっていく現象を指します。

この広がり方には法則があり、2つの領域で物質の濃度差がある場合、高い濃度から低い濃度へ自然に拡散が進みます


また、濃度差以外にも、細胞膜の内外で電位差がある場合、この電気的勾配によって物質が拡散します。


たとえば、細胞膜の内側が負に帯電している場合、正のイオンは膜内に引き寄せられやすくなるということです。

拡散という現象は、その仕組みによって単純拡散促進拡散に分類することができます。

単純拡散

単純拡散とは、濃度勾配や電気的勾配に従って、自然に物質が移動することを指します。


脂溶性の物質は、同じく脂でできている細胞膜の脂質二重層を通過でき、単純拡散によって膜間を移動します。

また、水溶性の物質でも、非極性で分子量の小さい分子(O₂やCO₂)は単純拡散で通過することが可能です。

促進拡散

どんな物質でも時間をかければ拡散によって膜を通ることはできます。

しかし、分子量が大きい分子や水溶性の分子は、単純拡散では細胞膜をスムーズに通過することができません。

特に水溶性で極性を持つ分子は、分子自身の電荷が周囲の水分子を引きつけて水の層をまとい、この水の層がバリアとなって脂質二重層を通過しにくくなります。


そのため、これらの物質が移動する際には、膜輸送タンパクが利用されます。

膜輸送タンパクは、細胞膜を貫通する通路を作り、特定の物質のみを選択的に通過させる仕組みを持っています。

このように膜輸送タンパクに助けを借りて行われる移動を、促進拡散といいます。

膜輸送タンパクの種類

膜輸送タンパクには、チャネル輸送体ポンプの3種類があります。

チャネル輸送体電気化学的勾配に従う受動輸送で、エネルギーは必要としません

一方、ポンプは勾配に逆らって物質を移動させるためエネルギーが必要となり、これを能動輸送といいます。

チャネル

チャネルは、主にイオンや小さな分子が通過するために利用されます。

細胞膜を貫通する通り道を作り、特定のサイズ以下で特定の電荷を持つ物質が通過できる仕組みです。

チャネルが開閉し通り道ができることで、濃度勾配や電気的勾配に従って、物質が移動することができます。

輸送体

輸送体は、特定の分子を細胞膜の一方から他方へ移動させる膜輸送タンパクです。

通り道を開けて条件に合うものを通過させるチャネルと違い、輸送体はぴったりと合う物質と一対一で結合し、構造を変化させ物質を細胞膜の片側からもう片側へと運びます。

特定の分子だけを選んで運ぶ、というイメージで、特異性がとても高いのが特徴です。

ポンプ

ポンプは、前の2つとは異なり、濃度勾配や電気化学的勾配に逆らって物質を輸送する膜輸送タンパクです。

通常、物質は濃度が高い場所から低い場所へ移動しますが、ポンプはこの法則に逆らうため、エネルギーを必要とします。

低い所から水をくみ上げるポンプも動力を必要としますよね。

体内での動力には、ATPの分解で得られるエネルギーなどが利用されます。

膜動輸送

単独で存在しているイオンや分子と比較して、神経伝達物質ホルモンはたくさんの分子が結合している大きな物質です。

このように分子量の大きい物質は膜輸送タンパクを通過することができず、膜道輸送(サイトーシス)という特殊な方法で細胞膜通過します。

エキソサイトーシス(Exocytosis)


インスリンもこのメカニズムで放出されます。

まず、細胞内で産生されたホルモンや神経伝達物質などの物質は、小胞と呼ばれる構造に包まれます。

この小胞が細胞内の特定の輸送経路を通って細胞膜まで移動し、小胞膜と細胞膜が接して融合すると、小胞の内容物が細胞外に放出されます。

この仕組みによって、ホルモンや神経伝達物質などが細胞外へ運ばれます。

エンドサイトーシス(Endocytosis)


エンドサイトーシスは、細胞外の物質を細胞内に取り込むための仕組みです。

この過程では、物質が細胞膜に結合し細胞膜が内側にくぼみ小胞が形成され、その小胞が物質を包み込む形で細胞内へ運ばれます。

インスリン分泌のメカニズム

ここまで、生物の基本となる物質の移動について見てきました。

これらの仕組みの組み合わせによって、インスリンをはじめとするさまざまな物質が体内を移動し、必要な場所でしっかり働くことができるようになっています。

では、実際にインスリンがどのように分泌されるのか、そのメカニズムを詳しく見ていきましょう。

インスリンは、膵臓のランゲルハンス島という部位のβ細胞で作られ、血糖値上昇にすると分泌されます。

血糖を細胞に取り込ませてエネルギーとして利用できるようにし、血糖値を下げる働きをします。

前の記事でもお伝えしましたが、人体にとって、血糖を下げる唯一のホルモンです。

その分泌過程は、細胞内外のイオンの動きと、特定のチャネルが開閉などにより、以下のように進みます。

血液中のグルコース濃度が上がります。

グルコースがGLUT(糖輸送体)を介してβ細胞に取り込まれ、細胞内で代謝されてATPが産生されます。

細胞内のATPによりK ⁺チャネルが閉じます。

K⁺チャネルが閉じることで出ていくことができなくなった細胞内にK⁺が溜まり、通常負に帯電している細胞内が正に帯電してきます。

細胞膜の電位の変化が起きます。ここで細胞膜の内側が負の電位から正の電位に変化することを脱分極といいます

脱分極が起こるとCa²⁺チャネルが開いてCa²⁺が細胞内に流れ込み、Ca²⁺の濃度が上昇します。

Ca²⁺濃度上昇の刺激により、インスリンが細胞膜に向かって移動し、エキソサイトーシスの過程でインスリンが細胞外へと放出されます。

このように、インスリンが血流にのって体内の標的細胞へと運ばれていきます。

インスリンの作用のメカニズム

インスリンは全身の細胞へと届けられると、各細胞に働きかけ、血糖を細胞内に取り込むよう促す作用が始まります。

次は、インスリンが標的の細胞にどのように働きかけているかを順を追って見ていきます。

インスリンが血液中に分泌され、標的細胞の表面にあるインスリン受容体に結合します。

インスリンが受容体に結合すると、受容体内でシグナル伝達が活性化され、インスリンからの「指示」が細胞内部に伝わります。

そのシグナルを受けて、細胞内にあるグルコース輸送体(GLUT4)が細胞膜に移動し、細胞表面に配置されます。GLUT4自体は細胞内に待機していて、インスリンからの指示を受けて細胞膜へ移動し、グルコースを受け入れる門開くようなイメージです

これにより、血液中のグルコースがGLUT4を通して細胞内に入りやすくなります。この移動は、輸送体の助けを借りて物質が膜を通過する仕組みで、濃度勾配に従う促進拡散です

血液中のグルコースが細胞内に取り込まれることで血糖値が低下します。

細胞内に入ったグルコースをエネルギー源としてATPが生成され、余分なグルコースはグリコーゲンとして細胞内に蓄えられ、グルコースが不足した際にエネルギー源として使用されます。

ここのプロセスは前回の記事で説明しましたね。

インスリン療法

こういった働きをしているインスリンの分泌に支障がある場合の治療としては、食事療法、内服治療(インスリンの分泌促進や血糖を下げる薬)、そしてインスリン注射があります。

インスリン療法とは、注射によってインスリンを補充し、可能な限り正常なインスリン分泌動態に近づけることを目的とした治療法です。

一般的に、インスリンは食後に上がった血糖値を下げるために分泌されるもの、というイメージがあるかもしれません。

しかし実際には、インスリンには「基礎分泌」と「追加分泌」があり、普段から常に一定量が分泌されているのです。

基礎分泌 : 血糖値の変動に関係なく、常に一定量分泌されています。これにより肝臓に蓄えられた糖の放出と細胞への糖の取り込みのバランスが保たれ、血糖値が正常範囲内で維持されています。

追加分泌 : 食後など血糖値の上昇を受けて、上がった血糖値を速やかに正常値へと戻します。

この仕組みが理解できれば、インスリン分泌を正常な状態に近づけるために、その人の状態やライフスタイルに合わせて、作用発現時間と持続時間の異なるインスリンの補充が必要であることが分かりますね。

まとめ

元々今回記事を書くきっかけは、利用者さんが使っているインスリン注射が今まで扱ったことのない種類だったので、それが気になり勉強しようと思ったわけですが‥

調べていると、これって何??と疑問が湧き、まずは生体についての理解のため生物の知識をまとめることになりました。

インスリン製剤についてはまた別の記事で解説していきたいと思います。

参照

アルバーツ, B., ブレイ, D., ルイス, J., ラフ, M., ロバーツ, K., & ウォルター, P.Essential 細胞生物学 原書第4版. 中村 桂子・松原謙一 訳. 南江堂, 2016.

ガイトン AC, ホール JE. ガイトン生理学 原著第11版. 御手洗玄洋,(監訳). エルゼビア・ジャパン, 2010.

岡庭豊.病気がみえる 糖尿病・代謝・内分泌 第5版.メディックメディア,2019.


日本糖尿病学会.糖尿病治療の手引き2023.南江堂,2023

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