砂糖が傷を治す

コロナ、流行ってますね。

スタッフ数人感染してシフト変更があり、今週は休みが1日になってしまいました。とにかく疲れて朝しか勉強できず、目標達成できない週でした‥。

さて、話は変わりますが、現在関わっている施設や在宅の現場ではコロナ禍から薬が手に入りにくくなるということが時々あります。

原因はコロナだけではないのですが、最近ではイソジンシュガーパスタという褥瘡の処置に使っている外用薬の入荷が滞っているという状況。

代わりになる軟膏を調べる中、改めて砂糖の創傷治癒効果に興味を持ちました。

砂糖の傷への効果と、類似した軟膏に関する特許の内容に触れ、解説していきます。

皮膚の構造・機能

まずは、皮膚について簡単に説明します。

皮膚とは、体表面を覆って体内と体外を隔てる臓器です。

外部からの保護体温調節体液保持感覚受容体という機能を持っています。

皮膚の構造は、表皮真皮皮下組織の三層で形成されています。

  • 表皮: 最外層であり、バリア機能を果たします。
  • 真皮: 中間層で、血管や神経が豊富に存在します。よく知られているコラーゲンが存在するのはこの層です。
  • 皮下組織: 最内層で、脂肪細胞が多く、クッションの役割を果たします。

褥瘡とは

褥瘡とは、一般的には床ずれと呼ばれています。

長時間同じ姿勢で皮膚への圧力がかかり続け血行障害が起こることで発生する皮膚損傷です。

一般的な傷は、擦ったり切ったりという外部からの衝撃や摩擦によって皮膚が直接的に傷つくことで起こるものです。

褥瘡はそれらとは違い、長時間の圧迫により血流が途絶え、酸素や栄養分が不足してその部分の細胞が死んでしまうことでできます。

特に寝たきりの患者さんに多く見られ、圧力が集中する部位(お尻やかかとなど)に発生しやすいです。

イソジンシュガーパスタ

看護師で褥瘡のケアに携わったことがあれば、イソジンシュガーパスタを知らない看護師はいないくらい、褥瘡の治療によく使用されている軟膏です。

イソジンシュガーパスタの主成分はその名の通りイソジンとシュガーなのですが、ポビドンヨード精製白糖と表記されています。

うがい薬で知られているイソジンの強力な殺菌作用と、精製白糖による治癒促進作用を兼ね備えており、浸出液が多く感染リスクの高い比較的重度の褥瘡に使用されています。

砂糖の効果

砂糖の種類

糖類は炭水化物の一種で、単糖類二糖類多糖類に分類されます。

単糖類: 最も基本的な糖で、グルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)、ガラクトースがあります。
• 二糖類: 二つの単糖が結合したもので、スクロース(グルコース+フルクトース)、ラクトース(グルコース+ガラクトース)、マルトース(グルコース+グルコース)が一般的です。
• 多糖類: 多くの単糖が結合して形成されたもので、デンプン、セルロース、グリコーゲンがあります。

精製白糖は、主にスクロース(ショ糖)です。グルコースフルクトースが結合した二糖類です。

引用:Wikipedia

ショ糖はあの白くて甘いお砂糖です。

しかし甘味料としてだけでなく創傷治療においてもその特性が活用されています。

傷に効く理由

イソジンシュガーパスタの添付文書には、

白糖の創傷治癒作用は、局所的浸透圧の上昇による浮腫軽減及び線維芽細胞の活性化に基づくと考えられている

と記載されています。

その効果を具体的に説明していきます。

浸透圧の高さ

浸透圧については、こちらの記事でも解説しています。

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浸透圧とは、溶液中の水が半透膜を通じて移動する際に生じる圧力であり、溶けているものの濃度差によって生じます。

梅ジュースや梅干しを作ったことのある人ならば、浸透圧によって起こる現象を見たことがあるでしょう。

梅シロップ作る際に氷砂糖を梅と一緒に入れると、浸透圧の働きで、梅の果肉から砂糖が濃い外側に水分が引き出され、結果、しわしわになった梅がシロップに浸された状態になります。

この現象は梅の細胞膜が半透膜として機能して起きます。

そしてこの現象は、創傷部に砂糖を適用した際にも同様に起きます。

創部の細胞膜が半透膜として機能し、砂糖が高濃度に溶けている軟膏が細胞内の水分を引き出すことで、創部の浮腫を軽減します。

傷口の腫れが引くと何がいいのかというと、次のような効果があるからです。

浮腫軽減→周囲の組織への圧迫が軽減→血流改善→酸素や栄養分が創部に巡りやすくなる→創傷治癒促進

つまり、血流が改善されることで傷の治りが早くなるということです。

線維芽細胞の活性化

砂糖が線維芽細胞を活性化することも、傷の治りを助けます。

繊維芽細胞とは、皮膚の真皮に存在する細胞です。

引用元:https://www.saishunkan.co.jp/domo/column/skin-troubles/skin-structure-illustration/

繊維芽細胞は、創傷治癒の際に増殖し、治癒に関わります。

砂糖はこの細胞にエネルギーを与え、細胞の活動を促進するのです。

上のイラストのように皮膚がえぐられるような深い傷の治癒プロセスでは、欠損した組織を補填する肉芽組織が形成されます。

この肉芽形成は線維芽細胞の増殖によって起こります。

そして肉芽組織が新しい組織に置き換わり最終的に傷が閉じ、治癒が進みます。

このように砂糖は創傷部で代謝される過程で重要な線維芽細胞のエネルギー供給源として、創傷の治癒を促進しているのです。

ヨードコート軟膏

イソジンシュガーパスタ同様に、感染リスクが高く滲出液の多い創部に使用する軟膏としてヨードコート軟膏があります。

実はヨードコートは今まで使う機会がなかったため、不足しているイソジンシュガーパスタの代わりになるのか、その特許から特徴について調べてみました。

従来の軟膏・褥瘡治療の課題

・従来のショ糖を使用した軟膏は、滲出液のドレナージ効果はあるが、滲出液の吸収作用は少なく、滲出液が漏れ出す問題があります。

・この問題解決したゲル状物質を使用した軟膏も、ゲル状の物質が膨潤するのみで一塊にならないため容易に除去できません。

・洗浄の手間と頻回なガーゼ交換は患者さんや治療する看護師治療の負担となります。

実際のケアで感じること

褥瘡は短時間でも発生し悪化しますが、治療は長期戦。

毎日処置を行い地道に治すしかありません。

実際イソジンシュガーパスタを使用していて困ることは、軟膏が滲出液を吸収して、ガーゼからイソジン色の液が染み出すことです。

イソジンの色素って取れにくいんですよね。

患者家族には、排泄物の色にも見えることもあり気を使います。

そのため、ガーゼで保護した上に更に吸水パットを巻くことがありますが、蒸れるので患者には不快だと思います。

また、ポロポロになりまとまらないので扱いにくいことがあります。

軟膏の特徴

この特許はこれらの問題を解決するために開発され、軟膏が滲出液でゲル化することが大きな特徴です。

この特徴生んでいるのが、水溶性高分子架橋剤です。

架橋された水溶性高分子が創部から出る滲出液と反応してゲル化することで、以下のメリットがあります。

・ゲルが創傷面を保護し、壊死組織を吸着して除去を促進します。

・ゲル状に一塊となることで滲出液や壊死組織を吸着した軟膏を容易に取り除くことができます。

・ゲルが水分を閉じ込めるため滲出液を吸収しながらも外に漏れ出さない構造を保つため、洗浄しやすく、ガーゼ交換の頻度も減ります。

糖類や殺菌剤は単独ではゲル化しませんが、それらの成分を添加しても軟膏が一塊となって容易に除去できるという特徴があります。

このため、イソジンシュガーパスタに含まれる有効成分を使用しながら、ゲル化によるメリットも得られるのです。

ゲル化メカニズム

特許によると、水溶性高分子としてはポリアクリル酸ナトリウムが最適であると記載されています。

この物質によるこのゲル化の仕組みを調べてみました。

ポリアクリル酸ナトリウムは、高吸収性ポリマーとして紙おむつなどに使用されている物質です。

その高い吸水力は、静電反発浸透圧の二つの効果によるものです。

まず構造から見てみましょう。

ポリアクリル酸ナトリウムはアクリル酸ナトリウムがたくさんつながってできた高分子です。

架橋剤が追加されることで、鎖状の高分子が三次元の網目構造となります。

ポリアクリル酸ナトリウムの官能基(-COONa)は親水性で、水に浸すと、-COO⁻とNa⁺に電離します。

すると-COO⁻が電気的に反発し合い、網目が広がることで内部に水を保持するスペースが多くできます。


さらに、網目構造の中のNa⁺濃度は、外の水よりも高くなっています。

そのため、Na⁺の濃度差をなくそうと、水が中に入っていきます。

つまり、浸透圧の働きによって多くの水を吸収しているんですね。

このようなメカニズムにより、ポリアクリル酸ナトリウムは大量の水を吸収し、ゲル化します。

この特性は紙おむつなどで応用されている他、創傷ケアにおいて、特に滲出液の多い場合、治癒を促進するために利用されています。

まとめ

砂糖の効果について調べているうちに、水溶性高分子の吸水メカニズムまで詳しく学ぶことになりました。

消化管を通さない皮膚治療薬は比較的単純だと思っていたのですが、実際にはさまざまな組み合わせが効果を生むものだと改めて勉強になりました。

褥瘡の軟膏はとてもたくさん種類があり、お恥ずかしながら詳しい薬効まで調べたことがないものや使用したことがないものもあります。

カデックス軟膏も今まで使ったことがありませんが、特許などを調べると、架橋された水溶性高分子を含むことで、従来の軟膏の問題点を解決できる可能性があるようです。

臨床の現場ではまだ確認できていない部分もあるため、今後実際に使用する機会があると良いと思います。

参照

岡庭豊(2020),病気がみえる 皮膚科,メディックメディア

日本褥瘡学会:https://www.jspu.org/general

特開2004-083557, 創傷用外用剤,株式会社 メドレックス,2004/3/18

濱本英利(2007),「褥瘡患部でゲル化する軟膏剤 ヨードコート軟膏α9%の開発」,薬剤学67, No.1

日本触媒:https://www.shokubai.co.jp/ja/products/detail/polyacrylic-acid-guide/

ChemーStation ポリアクリル酸ナトリウム:https://www.chem-station.com/molecule/2016/06/sodium-polyacrylate.html

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