近年、肺炎は日本人の死因の上位となっています。
昨年の厚生労働省の人口動態統計によると、誤嚥性肺炎は死因の中で第6位と高い割合を占めています。
2017年から、それまで「肺炎」とひとくくりだった項目が、「肺炎」と「誤嚥性肺炎」とに分かれました。
これは、誤嚥性肺炎で亡くなる方が増えているからではないでしょうか。
誤嚥性肺炎は老年期看護で必ず出くわす疾患の一つです。
看護ケアの視点からすると、高齢者と誤嚥リスクは切っても切れない関連性を持っています。
誤嚥性肺炎予防のためには様々なアプローチがありますが、今個人的に注目しているのが、唐辛子に含まれるカプサイシンです。
この記事ではカプサイシンと誤嚥の関連について解説していきます。
嚥下について
嚥下の過程は口腔期、咽頭期、食道期の3つに分けることができます。
引用:https://www.kango-roo.com/learning/3406/
口腔期:舌によって食物が咽頭へと送り出されます。
咽頭期:食物が咽頭に触れると延髄の嚥下中枢が刺激され、反射的に一連の運動が起きます。これを嚥下反射といいます。このとき、軟口蓋が挙上し鼻腔との間が閉鎖され、咽頭蓋の挙上により気管の入り口が閉鎖されます。これにより、呼吸器と消化器が交差する部分において、食べ物を間違いなく食道へ送ることができるようになっています。
食道期:食物が食道に入ると食道の蠕動運動によって食べ物が胃に送られます。
口腔期で「ごっくん」とした後は、自分の意思とは関係なく反射的に進んでいきます。
誤嚥とは
誤嚥とは、食物や液体、唾液などが食道ではなく誤って気管に入ってしまうことです。
この現象は、特に嚥下機能が低下している高齢者や、神経系の疾患を持つ人々などに多く見られます。
誤嚥性肺炎発生の機序
誤嚥性肺炎は、誤嚥が原因で発生する肺炎です。
具体的な機序は以下のようになります。
- 嚥下機能低下などにより誤嚥が起こります。
- この誤嚥が繰り返されると、飲食物や唾液に含まれる細菌が気管や肺に侵入します。
- これらの細菌が肺内で増殖し、肺組織への感染症を引き起こします。
通常、間違って気管に入ると咳き込むことで誤嚥を防ぐことができるようになっています。
これを咳反射(咳嗽反射)といいます。
嚥下機能は、飲み込みに関連する嚥下反射と異物を出す咳反射によって支えられています。
この反射機能を調整しているのが、神経伝達物質であるドパミンとサブスタンスPです。
サブスタンスPはドパミンに誘導、刺激され、咽頭に放出されます。
引用:https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/oral-care/no12/
そして放出されたサブスタンスPは、神経細胞が刺激を受けて反射を引き起こす、という過程を調節します。
つまり、嚥下反射や咳反射が正常に機能するためには、咽頭のサブスタンスPが一定の濃度を保つことが重要です。その濃度が低くなると、これらの反射が低下し、誤嚥が起こりやすくなるのです。
誤嚥性肺炎は、高齢者にとって重症化し死に至る可能性もある病気であるため、予防することが何よりも大切です!
誤嚥に対する看護ケアは多岐にわたります。
この予防策として、医療現場でもあまり知られていないかもしれませんが、カプサイシンが有効な手段の一つとして使用されているのです。
カプサイシンの誤嚥予防効果
カプサイシンは、唐辛子の辛さを引き起こす物質です。
カプサイシンの構造式
引用:https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/capsaicin/syousai/
これを検索していたら構造式のネックレスを見つけました!どうやら理系にはぐっとくる構造式のようです。
まず、カプサイシンの働きについて理解するためには、TRPV1という受容体の存在を知る必要があります。
カプサイシンのバニリル基が、私たちの体の感覚神経の終端に存在する特殊な受容体、TRPV1に結合します。
TRPV1はカプサイシンだけでなく酸や熱などの「刺激」もキャッチします。
カプサイシンがTRPV1に結合すると、神経細胞が活性化し、電気信号(活動電位)を発生させます。
これが、「焼けつくような痛み」を感じる理由で、この「痛み」が唐辛子の「辛み」の正体です。
引用:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC26A910W1A021C2000000/
そして活性化された神経細胞は、サブスタンスPを放出します。
サブスタンスPは痛みや炎症を伝える役割を持つほか、先に説明したように、咽頭の粘膜に存在し嚥下反射や咳反射の調節にも関与しています。
つまり、カプサイシンがTRPV1を活性化させると、これによりサブスタンスPの放出が促され、これが嚥下反射や咳反射を起こさせるということです。
この過程が、カプサイシンが誤嚥予防に効果的である一因となっています。
カプサイシンを活用した商品
カプフィルム
カプサイシンの誤嚥予防効果を活かした健康食品がいくつか市販されています。
ここでは、私の親が使っていたことのある商品『カプフィルム』を取り上げたいと思います。
高齢者の誤嚥予防を目指した健康食品としては世界初とのことで、日常的な食事の一部として簡単に摂取できるように作られています。
トローチもあるようですが、こちらは嚥下障害の方がより安全に使用できる、口腔内で素早く溶けるフィルムタイプです。
関連する特許明細書(WO2004/058301 嚥下反射障害改善用組成物)を読みました。
明細書によると、有効成分として以下の3つ物質が配合されています。
- サブスタンスP分泌促進物質:カプサイシン
- ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害作用物質:ローヤルゼリー
- ドパミン分泌促進物質:テアニン
2のACE阻害作用物質とは、サブスタンスPの分解酵素ACEを阻害することによって、サブスタンスPの分解を抑制し、サプスタンスPの濃度を保つ働きのある物質です。
誤嚥予防効果のある薬剤と比較
ドパミンとサブスタンスP分泌促進物質や、ACE阻害作用物質として、誤嚥予防に活用されている薬剤もいくつかあります。
例えば、ACE阻害薬。
ACE阻害薬は一般的に血圧を下げるために服用されますが、空咳の副作用が問題になることがあります。
この副作用を逆手にとって、誤嚥予防に利用している、というわけです。
引用:https://www.fpa.or.jp/library/kusuriQA/07.pdf
でも、私が知らないだけかもしれませんが、誤嚥予防を目的に薬を処方するケースはメジャーではないように思います。
多くの高齢者はすでにたくさんの薬を飲んでいます。
さらに高齢者は代謝や排泄機能の低下により薬剤の血中濃度が持続して副作用が出やすい、という問題もあります。
よって相互作用や投与量には注意を払わなければなりません。
こういった薬剤の問題を解決すべく開発されたのが、カプサイシンを活用した健康食品なんですね。
配合されている有効成分は、唐辛子のカプサイシン、蜂が作るローヤルゼリー、緑茶の旨み成分テアニンです。
いずれも食品に含まれるものなので、薬剤と比べると安全性の問題が少ないのです。
カプサイシン商品の使用例
実際このフィルムを使用して、老人福祉施設においてや神経難病患者対していくつかの臨床実験が行われ、結果、嚥下反射時間が短縮されているようです。
私の親も、飲み込みに時間がかかっていましたが、飲み込むまでの時間が少し短くスムーズになりました!
しかし進行性の病気で急激に嚥下が悪くなったからか、ある時から全く効果を感じなくなってしまいました。
あくまで個人的な見解ですが、一定の状態まで悪化すると効果は発揮されないのかもしれません。
とはいえしばらくの間は調子よく、肺炎になることなく過ごすことできたので、フィルムの効果はあったと思います。
まとめ
カプサイシンは食品由来のため、薬剤と比較して安全性の高い誤嚥予防効果のある物質の一つです。
個人的な感想も含まれますが、飲み込みが改善した実例もあり、誤嚥予防に効果があると思われます。
食べることは、単に生きるためだけではなく楽しみの一つでもあり、いつまでも健康でおいしいものを食べたい、と多くの人が思っています。
高齢社会では、健康寿命をいかに伸ばすかが社会全体の課題でもあります。
安全に口から食べることをサポートする健康食品に対する関心は、ますます高まっていくと思われます。
参照
令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/gaikyouR4.pdf
坂井建雄、解剖生理学、医学書院、2010、p64-65
誤嚥性肺炎予防の薬物療法 https://www.fpa.or.jp/library/kusuriQA/07.pdf
農林水産省 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/capsaicin/syousai/
神経難病患者に対するカプサイシン摂取による嚥下反射促進効果の検討https://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/56761/20190627174431785854/K0005920_abstract_review.pdf.pdf
嚥下反射低下改善を期待、山陽新聞、2010-08-06
山田養蜂場 https://www.3838.com/
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