皮膚を深く切るような大きなけがをした場合、多くの人が「縫わなきゃいけないかも」と考えるかもしれません。
しかし実は医療現場では、傷を縫う代わりにテープで固定するという選択肢もあります。
今回は、一般にはあまり知られていない皮膚接合用テープについて、ニチバンと3Mのテープの特許をもとに、その構造や特徴をわかりやすく解説していきます。
本記事の英語版はこちら→Adhesive Tapes for Wound Closure: “FASNAHT” and “Steri-Strip”
皮膚接合用テープとは
皮膚接合用テープとは、手術やけがなどの創部を覆って閉じるために、傷口を縫う代わりに皮膚を寄せて貼り合わせる医療用テープです。
縫うほどではないが創の閉鎖が望ましい場合や、処置後に一部縫合が外れてしまったとき、また、抜糸後しばらく念の為に傷口をとめておく場合などに使用されます。
また、3Mのテープに関する海外における試験では、テープによる固定の方が、縫合糸に比べて創感染が少なかったとの報告があるそうです。
医師が貼るものと思われがちですが、実際には看護師が貼ることも多くあります。
私の経験上ですが、皮膚接合用テープは病院だけでなく高齢者施設でも処置用として常備されており、実際に皮膚の表皮剥離の処置によく使用しています。
表皮剥離でめくれた表皮がまだ残っている場合には、元の位置に寄せてナートテープを貼っておくことで、よりきれいに治るケースがあります。
皮膚接合用テープの種類
医療現場で使用されている皮膚接合用テープには、目的や部位に応じてさまざまな種類があります。
現場でよく使用されている皮膚接合用テープには、ニチバンの「ファスナート」と3Mの「ステリストリップ」があります。
これらのテープを中心に、主にカタログ等に記載されている一般的な情報を元に、その種類と特徴を以下に整理しました。
製品名 | メーカー | 主な用途・特徴 |
---|---|---|
ステリストリップ™ スタンダード | 3M | 汎用的な白いテープ。病院・施設でよく使用される。 |
ステリストリップ™ スキントーン | 3M | 肌になじむ色味。顔や首など目立つ部位向き。 |
ステリストリップ™ エラステイック | 3M | 伸縮性あり。関節部など動きのある部位向き。 |
ステリストリップ™ 接着剤併用タイプ | 3M | 接着剤を併用して固定力を強化(市販品は未確認) |
ファスナート | ニチバン | 3M以外で使用されることが多い。 |
なお、3Mからは現在、「コンパンドベンゾインチンクチャー」という、バイアル入りの粘着強化剤も販売されています。

画像引用元:https://www.3mcompany.jp/3M/ja_JP/p/d/v101461315/
この粘着剤をあらかじめ皮膚に塗布することで、テープの粘着力を高める効果があり、創傷閉鎖処置においてより高い固定力が求められる場面で使用されることがあるようです。
一方で、今回取り上げる特許は、それとは異なるアプローチの製品でテープを接着剤で補強して、傷口をしっかりと閉じる工夫がなされています。
このタイプは、2025年現在、対応する市販品は確認できていません。
接着剤とテープを併用するというと、少し手間がかかりそうな印象もありますが、「どのように工夫されているのか?」という点に興味を持ち、今回はこの特許を取り上げてみました。
また、いくつかの職場を経験する中で感じていた、「肌にやさしいのはファスナート」「剥がれにくいのはステリストリップ」という感覚的な印象は正しいのかを確かめるためにも、それぞれの特許文献をもとに詳しく構造を見ていきたいと思います。
皮膚接合用テープの特許
では、ニチバンのファスナートと接着剤併用の3Mのテープの特許を解説していきます。
これらの特許はともに、皮膚接合用テープに最も求められる機能である「皮膚を寄せて創部が開かないようにしっかりと固定すること」を課題としています。
ニチバン
【国際公開番号】WO2017/018315
【国際公開日】平成29年2月2日(2017.2.2)
【発行日】平成30年5月10日(2018.5.10)
【発明の名称】皮膚縫合用又は皮膚縫合後の補強用テープ
<特徴>
- ポリエステル不織布の支持体に縦方向に樹脂縞が設けられています。

画像:WO2017/018315より一部加工
- 樹脂縞にはエチレンと酢酸ビニルの共重合体(EVA)が用いられています。EVAは、結晶性のエチレンと、非結晶構造をもつ酢酸ビニルからなるため、弾性と柔軟性に優れています。テープの支持体にこの樹脂縞を適切な幅と間隔で設けることで、縞の縦方向には伸びにくいが、皮膚が動いてもフィットするテープとなります。
- テープは傷口に対して直角に貼ります。樹脂縞がテープを縦方向に伸びにくくしていることで、皮膚の動きによって創部が開くのを防ぐことができます。
- 樹脂縞を設けることによって通気性が低下するため、樹脂縞の幅や間隔を工夫し、全面を覆わないように設計されています。
- 支持体の素材にはポリエステル不織布が使用されています。ポリエステル自体は疎水性で結晶性が高く通気性の低い素材ですが、不織布は繊維が絡み合った構造で繊維間にすき間があるため、全体としては通気性があり蒸れにくくなります。

画像引用元:https://store.shopping.yahoo.co.jp/tanomail/6627900.html
3M
【公表番号】特表2005-526571(P2005-526571A)
【公表日】平成17年9月8日(2005.9.8)
【発明の名称】創傷閉鎖システムおよび方法
<特徴>
- こちらの特許で特徴的なのは、創部に隣接部した部分に流動性の皮膚塗布剤を塗布してテープの固定を補強するという方法です。
- 下の図のように、テープの中央辺りに閉鎖する創部の真上となる創傷架橋部があり、そこから端までの長さ・形は左右対称ではありません。これを交互に入れ子状に貼ることで、テープ同士の間隔を空けず、創部をより密に接合できます。


画像:P2005-526571Aより一部加工
- 使用されている塗布剤にはシロキサン含有ポリマーと溶媒が用いられています。シロキサンポリマーはシロキサン結合(Si–O–Si)を持ち、安定で皮膚刺激が少なく、ポリマー全体は水に強くて剥がれにくい素材です。そして分子間は非結晶性で柔軟性もあります。
- 皮膚塗布剤は創傷架橋部(閉鎖する創部の真上)には付着しないよう、隣接した部位にのみ塗布して創部を固定します。塗布剤が創傷部に付いてしまうと、剥がす時に創部が開いてしまう可能性があります。そのため創傷架橋部には多孔性の素材を用いて通気性をよくしており、塗布剤が架橋部に浸透してしまっても、蒸発して塗布剤が皮膚に付かないようにしています。
- 支持体には、弾性不織布のポリウレタンなどが用いられています。これにより柔軟性と通気性を持ち、皮膚にやさしい構造となっています。
- 一般的なステリストリップの構造についても特許内で説明がされています。ステリストリップは支持体に不織布を使用し、縦方向に強い繊維で補強することで、創傷の端部が剥がれにくい構造にしています。実際テープにはファスナートの樹脂縞と同じように、少し盛り上がっている細いストライプの線があります。

画像引用元:医療用ステリストリップ
特性の違い
特許明細書から読み解いた各製品の特性や、実際に使用した経験をもとに、ニチバンのファスナート、3Mのステリストリップ、そして3Mの接着剤併用テープの3つを比較していきます。
固定力の工夫
●ニチバン(ファスナート):縦方向に伸びにくい樹脂縞を設けることで、創部をしっかり固定します。
●3M(ステリストリップ):ファスナートと同様に、補強繊維を不織布に沿って配置しており、創部を粘着力で寄せて固定する仕組みです。
●3M(接着剤併用タイプ):テープを貼付した後に、創部に隣接する皮膚に流動性接着剤を塗布することで、テープをしっかりと皮膚に固定し、創部の開きを防止する工夫がされています。
皮膚へのやさしさ
どちらのテープも医療用として設計されており、皮膚にやさしい素材が使われています。
ここで「皮膚にやさしい」とはどういうことか、少し掘り下げてみます。
- 化学的安定性:どちらの特許内での好ましいとされているアクリル系粘着剤は、極性が小さく分子構造が安定しているため、皮膚表面の水分やタンパク質と反応しにくく、炎症などが起きにくいとされています。
- 通気性:通気性には、素材そのものの分子構造や加工方法が関係します。ポリエステルのように結晶性の高いポリマーは本来通気性が低いのですが、不織布に加工することで繊維の隙間が生まれ、空気や水蒸気を通しやすくなります。これにより、蒸れや皮膚のふやけを防ぎ、皮膚を正常な状態に保つことができます。
- 柔軟性・弾性:非結晶性構造や分子間の相互作用が弱い素材では、皮膚に追従しやすく、刺激が少なくなります。
このように皮膚にやさしい素材を使用しているのは大前提となりますが、それ以外にも以下のような工夫も見られます。
●ニチバン:テープ全体ではなく部分的に樹脂縞を配置することで通気性を確保。テープは横方向に伸縮性があり、動きによる皮膚の負担を軽減しています。
●3M(接着剤併用タイプ/特許):塗布剤が創傷部の真上に接触しないよう工夫されており、剥がす際に創傷部へのダメージを抑える工夫がされています。
貼りやすさ・剥がれにくさ
●ニチバン(ファスナート):
ファスナートは、テープの角を丸くすることで剥がれにくい構造となっています。
ただし、医療現場ではほとんどの場合、テープを貼った上から保護や補強の目的でフィルム剤を重ね貼りします。
そのため、上から何も貼らずに使用する状況では、こうした剥がれにくい工夫がより効果的かもしれません。
貼りやすさに関しては、カタログにも「剥離紙をはがしたときにテープのカールが小さく、使いやすい」と記載があります。
これは、樹脂縞によってテープ全体に適度な張りがあり、形状が保たれやすいためだと考えられます。
●3M(ステリストリップ):
現在の職場で使用しているステリストリップについても、同様に観察してみましたが、こちらにも縦方向に補強繊維(フィラメント)が入っており、テープに適度な張りがあります。
そのため、貼付時にテープが丸まることはなく、スムーズに貼ることができます。
おそらく、傷口が開かないよう設計された縦方向の補強構造が、貼りやすさにも影響しているのではないかと感じました。
その他現場での使用感
現在勤務している施設では、3Mのステリストリップが採用されています。
実際、皮膚接合用テープ=「ステリテープ」で通じるほど、ステリストリップは多くの現場で使用されており、汎用的で取り扱いやすい点が評価されているのではないかと思います。
一方で、今回紹介したような、テープを貼付した後に接着剤を塗布するタイプの製品については、3Mのサイトでも確認できず、現場で実際に使用されているのを見たこともありません。
こういったタイプは、しっかりと固定する必要がある創部や、病院での処置向けであり、接着剤を塗るというひと手間がかかることから、簡易な処置が中心となる施設や在宅では採用されにくいと考えます。
価格
医療材料のカタログを参考に、同じようなサイズのテープで価格を比較しました。
●ニチバン ファスナート:3本 × 30袋 → 約5,000円(約56円/本)
●3M ステリストリップ:3本 × 50袋 → 約10,000〜13,000円(約66〜87円/本)
●3M 接着剤併用タイプ(特許):本特許に基づいた製品は市販品が確認できず、価格も不明ですが、接着補助剤との併用が前提となるため、通常のテープより高価になることが予想されます。
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3製品の比較表
ここまでに紹介した3種類のテープについて、特許の構造や実際の使用感をもとに、それぞれの特徴を表にまとめました。
項目 | ニチバン ファスナート | 3M ステリストリップ | 3M 接着剤併用タイプ(特許) |
---|---|---|---|
固定力の工夫 | 樹脂縞により縦方向に伸びにくく、創部をしっかり固定 | フィラメント(補強繊維)で縦方向を補強し、創部を安定固定 | 接着剤を皮膚に塗布し、テープで強固に固定。創部の開きを防止 |
皮膚へのやさしさ | 部分的な樹脂縞と横方向の伸縮性で、通気性・追従性に配慮。 | アクリル系粘着剤や不織布による通気性・柔軟性のある構造。 | シロキサン系ポリマーによる低刺激性。通気性・柔軟性も考慮。 創部には接着剤が触れない工夫あり。 |
貼りやすさ・剥がれにくさ | 角が丸くカールしにくい構造。張りのある素材で貼る時に丸まりにくい。 | テープに張りがあり、丸まりにくく貼りやすい。 | 塗布の手間はあるが、高い固定力で剥がれにくい。 |
現場での使用感 | 現場でよく使用されている。3M以外での選択肢として採用されることがある。 | 広く普及。「ステリテープ」として定着。扱いやすさが評価されている。 | 現場での使用例は未確認。処置用として病院向けか? |
価格(目安) | 約56円/本(3本×30袋 約5,000円) | 約66〜87円/本(3本×50袋 約10,000〜13,000円) | 市販品未確認。接着剤併用のため高価になると予想。 |
※情報は2025年5月現在
おわりに
今回、ナートテープに関する2件の特許を読み、実際に使用して何となく感じていた違いも、特許を通じて構造を知ることでその根拠を確認することができました。
医療用のテープは職場で与えられたものを使うことがほとんどだと思いますが、調べるとナートテープだけでも多く製品があることを知りました。
テープを使う機会が多いのは看護師であるため、看護師の視点から製品選びに関わることができれば、よりよいケアに繋がるのではないかと感じます。
3月後半から更に思うように自分の時間を作れずにいましたが、引き続き学習は進めながら、医療機器や材料をリサーチしつつ、医療機器ビジネスについての基礎的な本を読み進めています。
参照
WO2017/018315(2017年2月2日公開)「皮膚縫合用又は皮膚縫合後の補強用テープ」ニチバン株式会社
特表2005-526571(2005年9月8日公表)「創傷閉鎖システムおよび方法」3M(スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー)
3M ステリストリップ スキンクロージャー https://multimedia.3m.com/mws/media/1678125O/steristrip-brochure-web.pdf
アスカブリックシリーズカタログ https://www.nichiban.co.jp/medical/postoperative_care/pdf/ascablic_catalog.pdf
プラスチック・ジャパン・ドットコム https://plastics-japan.com/
生活と化学 https://sekatsu-kagaku.sub.jp/
J. マクマリー 著『マクマリー有機化学(第8版) 上・中・下』東京化学同人