『移乗ですⅡ』立ち上がりを行わない移乗の仕組み

以前の記事では、移乗介助について、人の立ち上がり動作の人間工学的な視点やその動作を支援する移乗ロボットを紹介しました。
人間工学から考える移乗介助と腰痛
『Hug』による立ち上がり支援の仕組み

今回は、立ち上がり動作を誘導するタイプとは異なり、座位のまま移乗を介助するロボット、株式会社あかね福祉の『移乗ですⅡ』を取り上げます。

この記事では、人間工学の視点から見た特徴、特許明細書の内容、現場での活用に思うことなどを中心に『移乗ですⅡ』について詳しく解説していきます。

なお、本記事は筆者個人の見解・調査に基づいた内容です。
内容の正確性を保証するものではなく、紹介する製品の購入・使用は必ずご自身の判断と責任で行ってください。

本記事の英語版はこちら→How “Ijo Desu II” Enables Safe Transfers Without Standing Up(準備中)

移乗ですⅡとは

移乗ですⅡは、株式会社あかね福祉(以下、あかね福祉)が開発・販売する移乗支援ロボットです。

「お互いに苦痛なく、安全・安心な移乗を目指す」というメーカーの考え方のもと、立位へ誘導するのではなく、座った姿勢のまま移乗を支援するタイプの機器です。

移乗ですの仕組み

人の立ち上がり動作

人の立ち上がりは、日常動作の中で不安定になりやすい動作のひとつです。

移乗介助では、この立ち上がりを何らかの形で支える必要があるため、転倒リスクが高く、利用者・介助者両方の負担となりやすい場面でもあります。

立ち上がり動作については、以前の記事でも詳しく説明しています。
人間工学から考える移乗介助と腰痛 
『Hug』による立ち上がり支援の仕組み

ここでは、「移乗ですⅡ」の仕組みを理解するために、人の立ち上がり動作のポイントである姿勢と重心・支持基底面の変化を簡単に説明します。

人が立ち上がるとき、身体は次の順序で動きます。

上体を前に倒す

殿部が座面から離れる

膝を伸ばして身体を上へ押し上げる

これと同時に、重心の位置も大きく動きます。

座位では後方

前傾することで前方へ移動

膝伸展とともに上へ移動

このように、重心は弧を描くような大きな軌跡を通ります。

さらに、殿部が座面から離れる瞬間、
支持基底面は、「座面+足」から「足だけ」へと狭くなるため、
身体は不安定な状態となります。

つまり、通常の立ち上がりでは姿勢の変化に伴い、

  • 重心が大きく移動
  • 支持基底面が狭くなる

という2つの要因によって、ふらつきやすい動作だと言えます。

移乗ですⅡのアプローチ

『移乗ですⅡ』の移乗介助では、不安定になりやすい立ち上がり動作そのものを行いません。

この「利用者を不安定な姿勢にしない」というアプローチこそが、移乗ですⅡの大きな特徴だと考えられます。

では、どのような構造と仕組みによって座位のまま移乗が行われるのか、その流れを追いながら解説していきます。

なお本記事では、移乗ですⅡに関連すると思われる移乗装置の特許明細書の内容も含みますが、特許が現行のものとは限らないため、ここでは参考情報として紹介しています。

特許内では、従来のてこの原理を用いた移乗機器の問題点として「抱え上げが必要」「操作中に介助者の力が必要」「安定性が不十分」といった点が挙げられています。
そこで、モーター駆動により介助者の負担を減らし、安全に移乗できる装置を目指す構造が示されています。

構造

  • グリップ前方テーブル:利用者がここに腕を置いて上半身を安定させます。
    テーブルには穴が空いており、介助者が穴に手を通して、上から利用者の大腿部(太もも)を持ち上げプレートに乗せる介助がしやすくなっています。

  • 膝当てプレート:利用者の膝が軽く当たる部分。

  • 持ち上げプレート(太もも支え部):太もも下に左右から差し込み身体を持ち上げる部分。
    このプレートは左右から開閉し、ロックできる構造となっています。

  • キャスター付き台車:介助者が押して移動可能。
    製品説明には、1メートル程度の幅があれば通ることができるため、トイレやベッドサイドでも使いやすいと記載されています。

  • 安全ベルト:身体を固定するため胸から腰あたりの高さに背部に巻きます。

  • 昇降機構(アクチュエーター):モーターによって、ボタン操作で持ち上げプレートを昇降できます。

出典:実用新案 実願2015-5931(株式会社あかね福祉)

仕組み

① 姿勢を安定させる

まず、利用者は椅子やベッドに座った姿勢のまま、移乗ですⅡを正面から近づけて配置します。
このとき、利用者の膝を軽く閉じ、膝が機器の膝当てプレートに当たる位置に合わせます。

利用者は、前方のグリップを握る、またはテーブルに腕を置き、やや前傾した姿勢をとります。

このとき前方では、の2か所で身体が支えられ、さらに、安全ベルト腰を支える位置に装着することで、後ろへ倒れるのを防ぎ、安定性が高まります。

② 大腿部に持ち上げプレートを差し込む

次に、持ち上げプレートを左右それぞれの大腿部(太もも)の下に差し込みます。

利用者に上体を左右に少し傾けてもらい、その間に介助者がテーブル中央の開口部から手を入れ、太ももを軽く持ち上げながら、外側からプレートを滑り込ませるように差し込みます。

このとき、持ち上げプレートは左右に分割されており、それぞれを外側から差し込める構造となっているため、大きくお尻を持ち上げる必要がありません。

この持ち上げプレートの構造については、特許明細書の中でも、安全性と操作性を高めるための工夫として、具体的には、以下のような点が記載されています。

●介助者がテーブル開口部から手を入れて太ももを持ち上げ、反対の手で持ち上げプレートを操作できる構造とすることで、操作時の負担軽減と皮膚などのはさみ込み防止を図っていること。

●プレート形状を四角ではなく、先端コーナー部分を斜めに切欠することで、裸で使用する場合でも陰部を挟みにくい形状としていること。
(現行の製品では、この部分はカーブ状となっており、さらに安全な形となっているのではないかと思います。)

出典:実用新案 実願2015-5931(株式会社あかね福祉)

●プレートは閉じた状態でロックできる構造となっており、移送中にプレートが開くことを防ぎ、安全性を確保していること。

③ 上昇・移動・下降

準備が整ったら、リモコンの上昇ボタンを押します。
すると、持ち上げプレートに乗った身体が、自動で垂直方向に上昇します。

出典:実用新案 実願2015-5931(株式会社あかね福祉)

この昇降はモーター駆動によって行われるため、介助者が持ち上げる力を加える必要がなく、特許明細書においても、介助者の身体的負担を軽減する点が大きな目的として示されています。

足が床から浮く高さまで上昇した状態で止め、介助者は機器のキャスターを転がし、目的の場所まで移動させます。

移動後、下降操作を行い、利用者を座面へと下ろします。

最後に、安全ベルトを外して姿勢を整えれば、移乗は完了です。

利用者の姿勢変化と安定性

この移乗動作において、利用者の主な動きは、座ったままの上下方向の動きです。

細かな動作に着目してみても、
・軽い前傾姿勢
・プレートを差し込む際の、左右へのわずかな体重移動

程度となっています。

このように姿勢の変化が最小限であるため、重心の移動が小さい移乗動作だと言えます。

また、支持基底面に着目すると、移乗中に一時的に足が床から浮く場面があるとしても、立位のように足だけで支える時間を作らず、座位に近い姿勢のまま移動できることが特徴です。

この2つの点によって、移乗中に安定しやすい構造だと考えられます。

とはいえ、移乗ですⅡは、しっかりした背もたれや座面があるわけではなく、従来のリフトに用いられる、身体を包むスリングも使いません。

そのため上半身には、前後左右に倒れようとする力(回転モーメント)が働きます。
(回転モーメントについて「人間工学から考える移乗介助と腰痛」で解説しています)

移乗ですⅡでは、その倒れる力を最小限の支えで抑えるように、支える場所が工夫されているように見えます。

前方は、腕が「前に倒れる力」を、膝当てが「骨盤が前へずれる動き」を受け止め、
後方と左右は、安全ベルトで「後ろと左右の倒れる力」を抑えます。
そしてからは、大腿部(太もも)のプレートが身体を支えます。

出典:実用新案 実願2015-5931(株式会社あかね福祉)

身体を包み込むわけではないのに安定して見えるのは、有効な位置でバランスよく力を受け止めているからだと考えられます。

ここで特徴的だと感じるのが、座位時に体重がかかりやすい臀部ではなく、大腿部で身体を支え持ち上げる点です。

設計の意図ははっきり書かれてはいませんが、個人的には大腿部で支持することには、次のようなメリットがあると感じます。

違和感の少なさ:大腿部は面で支持しやすく、骨の突出が少ない部位でもあります。
高齢者は痩せた方が多く、お尻の骨の出っぱりは座っていると痛くなりやすいですが、太ももの場合には、違和感や痛みが出にくいのではないかと思います。

●差し込みやすさ:プレートが左右に分かれて外側から差し込めるため、臀部の下に差し込む場合に比べて、利用者の姿勢変化を抑えやすくなります。
その結果、利用者は安定しやすく、介助者も大きな力で持ち上げなくてよい分、負担軽減につながりそうです。

●ケアのしやすさ:臀部が開放される構造によって、ズボンの上げ下ろしなど排泄ケアを行いやすい点は、製品情報としても記載されています。
これは従来のリフトにはない、現場での大きなメリットだと思います

※関連する実用新案(実願2015-5931)に掲載された図面を仕組み理解の参考として引用していますが、現行製品の仕様と一致するとは限りません。

移乗ですⅡの向き・不向き

移乗ですⅡは、メーカーの情報によると、支えがあれば座位を保つことができる利用者を想定した移乗支援ロボットです。

その前提と、ここまで見てきた構造や仕組みを踏まえ、移乗ですⅡの使用が向いているケースと、注意が必要なケースについて整理してみます。

※以下の内容は、私自身の考察も含まれるため、実際の使用にあたっては、専門家やメーカーへ確認して判断をお願いします。

活用できそうなケース

  • 立ち上がり動作が不安定な方
    立位になる過程そのものを行わないため、立ち上がり時の転倒リスクを避けやすい方法です。

  • 下肢で踏ん張り、伸展させることが難しい方
    足底がしっかり接地して自力で踏ん張り、膝を伸ばして立位になる必要がありません。
    そのため、拘縮や変形、下肢に力がかけられないケースでも移乗介助が可能になると考えられます。
    程度にもよりますが、麻痺がある場合などにも使えるかもしれません。

  • 座位から座位への移動が中心の場面
    車椅子、トイレの便座、シャワーチェアなど、座位から座位の移動を安定した姿勢のまま行いたい場合に適しています。

  • 排泄介助を伴う移乗
    トイレ介助の際、立位が不安定な場合には介助者一人が前で抱えて、もう一人が後ろからズボンを下ろすというケアを行うことがあります。
    一般的なリフトで用いられる身体を包むスリングシートとは異なり、移乗ですⅡでは下半身が開放されているため、ズボンの上げ下ろしや陰部ケアを一人の介助者で行いやすいと思います。
    また比較的小さめのスペースで使用できる点も、トイレ環境では大きなメリットだと感じます。

  • 介助者の負担を減らしたい場合
    メーカーの情報では、移乗にかかる時間はおよそ2~3分程度とされており、正面に立って一人介助で対応できる点も特徴として挙げられています。
    抱え上げる動作を必要としないため、介助者の腰痛リスク軽減にもつながり、苦痛なく「会話しながら楽しく移乗!」が合言葉となっているようです。

注意が必要なケース

  • 支えがあっても座位保持が難しい場合
    移乗ですⅡは座位を基準とした方式のため、座位がとれない方には使用が難しくなります。

  • 大腿部にプレートを差し込むことが困難な場合
    強い拘縮や疼痛があり、太もも下へのプレート挿入が難しいケースでは使用を検討する必要があります。

  • 認知機能の影響で抵抗がある場合
    声かけや動作の理解が難しく、機器への拒否が強い場合には安全面への配慮が求められます。

現場での活用

私自身、展示会で移乗ですⅡを体験しましたが、移乗中も姿勢がほとんど変わらず、不安定さを感じにくいという印象でした。

体験中、「太ももで持ち上がるのか?」と思いましたが、身体はしっかりと持ち上がり、太もも裏に食い込むような違和感や急な荷重の移動はほとんど感じませんでした。

プレートの差し込みやすさ、移乗中に姿勢が大きく変わらない点、排泄介助に適した構造は、互いに関連しながら、現場での使いやすさを高めていると感じました。
これらが組み合わさることで、利用者にも介助者にも負担の少ない移乗につながっているのではないでしょうか。

こうした点も踏まえて実際の現場での使い方をイメージしてみた時、まず頭に浮かんだのは、在宅で介護をしている母の数年前の姿でした。

当時、母はベッド上で過ごす時間が長くなり、足首が内側に向いたまま拘縮してしまい、足底がしっかり地面に付かず踏ん張ることができない状態でした。

それでも頻回にトイレに行きたいという訴えがあり、そのたびに、ほぼ抱え上げるような移乗介助が必要だった時期があります。

もしあの時に移乗ですⅡのような機器が使えていたら、私たち家族はもちろん、本人にとっても苦痛なく移乗できたのではないかと思います。

補足として、導入費用については、HPに「介護テクノロジー補助金」の対象製品として記載があります。
適用条件や最新情報は、メーカーや自治体にご確認ください。

おわりに

展示会で移乗ですⅡを体験した際、あかね福祉の取り組みが紹介された書籍をいただきました。

その中で、あかね福祉が福祉用具を製造・販売するだけでなく、介護施設が抱える課題に向き合い、福祉用具で現場の問題解決に取り組んでいることが紹介されていました。

その企業の姿勢を知ったとき「まさに今必要な取り込みだ!」と、とても共感しました。

介護業界での人手不足が進む中で、福祉用具は導入すること自体が目的になるのではなく、実際に現場で使われ、業務やケアの質をどう変えるかが重要だからです。

その考え方は、移乗ですⅡが掲げている「会話しながら楽しく移乗する」という合言葉にも表れているように感じます。

人力による移乗介助は、移乗する側にもされる側にも苦痛となりやすいケアです。

介助側の、「嫌だな」という気持ちは利用者にも伝わるもので、実際利用者さんから「迷惑をかけて申し訳ない」という言葉を聞くこともあります。

移乗ですⅡのように、負担少なく移乗できる仕組みがあれば、移乗がつらい作業ではなく、「会話が生まれる関わりの時間」に変えていける可能性があります。

私自身も現場で、福祉用具の普及などの活動を通して、介護が「大変」なだけではなく、「楽しい」と感じられる瞬間を増やしていけたらと、改めて思いました。


現在、このような看護師としての現場の視点と、特許への知見を活かした情報発信とともに、医療材料やケア用品の解説や技術記事の執筆、市場展開支援なども行っています。

ご関心のある方はブログ内フォームからお気軽にご連絡ください。

※本記事の内容は参考情報であり、正確性を保証するものではありません。
製品の購入や使用はご自身の判断と責任でお願いいたします。

参照

実用新案登録出願 実願2015-5931(2015年11月22日出願、実用新案権者:株式会社あかね福祉)

小川鑛一(2008)『イラストで学ぶ看護人間工学』東京電機大学出版局.

水橋一嘉、及川貴之(2018)『福祉用具を使った近未来の介護』株式会社あかね福祉

介護支援介護ロボット「移乗です」Ⅱ https://ijoudesu.com

株式会社あかね福祉 https://www.akane-fukushi.co.jp/

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