医療用テープは看護師が日常的に使用しているアイテムの一つです。
テープは一見シンプルなアイテムですが、その仕組みには化学の知識が詰まっています。
テープが肌に貼り付く理由、正しい剥がし方、これらについて明らかにするため、化学で学習した分子間力や接着のメカニズムを深掘りしていきます。
テープの構造
テープは、背面処理剤・基材(支持体)・その上に塗布される粘着剤から成り立っています。
引用:https://www.heart-p.jp/blog/surgical-tape/
背面処理剤とは、テープの巻き戻し力を調整したり、支持体背面への糊残り防止のために塗られています。
基材の素材によって、テープの伸縮性・柔軟性・通気性など使いやすさが変わります。
粘着剤は、テープのひっつきの強さだけでなく、皮膚に直接触れる部分であるため皮膚へ刺激の強さに影響します。
引用:https://www.nichiban.co.jp/medical/learn/choose/
テープがつく仕組み
次に、物同士がひっつくときその表面では何が起きているのか、3つの接着のメカニズムを説明します。
接着のメカニズム
機械的結合:作用表面の凹凸が物理的に絡み合うことで接着が行われます。物質の表面には目に見えないほどの細かい凹凸があります。この凹凸の間に接着剤が入り込み凹凸を埋めることで、物と物とがくっつくことができます。
物理的相互作用:ファンデルワールス力などの分子間の弱い力によって接着します。下の図のように分子の+の部分とーの部分が引き合っています。非常に弱い力であるため、物同士が近い距離でないと力が働きません。
化学的相互作用:表面の分子と接着剤の分子が化学的に反応して接着します。接着の仕組みの中でも強いものであると言われています。
引用:https://www.soken-ce.co.jp/product/PSA/knowledge/basic/adhesive_and_glue.html
フェンデルワールス力とは
テープの接着のメカニズムを理解するためには、ファンデルワールス力について知っておく必要があります。
ファンデルワールス力とは、分子間の微弱な引力のことを指します。
分子の中にはプラスとマイナスの電荷を持った部分が存在します。
これは、分子が原子核(プラスの電荷の陽子と電荷を持たない中性子)とその周りを回る電子(マイナスの電荷)から成り立っているからです。
上の図左側のように電子は惑星の軌道のように回っているのではなく、実際は右の図のように、電子が「軌道」という一定の範囲内を絶えず動き回っており、この軌道は雲のように広がっています。
この電子の存在している場所によって電荷が偏り、分子同士の引き合いを生むのがファンデルワールス力です。
ファンデルワールス力は3つのタイプに分類されます。
- 分散力: 電子は軌道内を動き回っているため、時々電子が一方に偏ることがあります。これにより、隣の分子との間に一時的な引き合いが生まれます。この引き合いを「分散力」と言います。この力はすべての分子に働く力です。
- 誘起力:極性を持つ分子が近くにあると、元々極性を持たない分子に一時的に極性が生まれます。「極性」とは、分子の一方が少しマイナスで、反対側が少しプラスになっている特性のことを指します。この一時的な引き合いを「誘起力」と言います。
- 配向力:既に極性を持つ分子同士が近づくと、それぞれのマイナスとプラスの部分が引き合います。この引き合いを「配向力」と言います。
ファンデルワールス力はとても弱い力ですが、多くの分子が関与することで全体としての接着効果を生み出します。
粘着剤の働き
ファンデルワールス力により物と物が接着するには、その物の表面の分子が互いに近づく必要があります。
分子レベル、具体的には1nm(ナノメートル)程度まで近づくことで分子間の引力が作用し、接着が成立します。
ナノメートルという大きさはイメージしにくいのですが、例えばウイルスの大きさは約100ナノメートルであることを考えると、目に見えないレベルの話であることがわかりますね。
実際に物同士を接着しようとするとき、物の表面には細かい凹凸があり、重ねるだけでは分子間力が働く部分が少ないため接着できません。
引用:https://tape-omakase-navi.com/column/post-761/
そこで、この細かな隙間を埋めるために粘着剤が使用されます。
粘着剤は「粘性」という性質を持っており、この粘性によって物の表面の凹凸を埋めることで、分子間力が最大限に働くことができます。
また、粘着剤は「弾性」という、物が形状を維持しようとする力も持っています。
粘性が高いだけでは粘着剤が流れやすくなり接着が不安定になる可能性がありますが、弾性をもつことで粘着剤が接着面に留まりやすくなり、接着が固定されます。
接着と粘着の違い
物をつける材料には、テープに使用されている粘着剤の他に、ボンドなどの接着剤があります。
接着と粘着は、両方とも物と物とをくっつけるために使用されますが、それぞれ違いがあります。
接着剤は、はじめは液体状で物と物を貼り合わせ、くっついた後に固体に変化し物同士が固定されます。
これに対して粘着剤は、液体と固体の両方の性質を持ち、貼る前も貼った後も常に濡れた状態を安定して保っています。
この性質により、テープはくっついた後も剥がすことができるのです。
医療用テープの特徴
医療用テープとは
医療用テープとは皮膚に貼る専用のテープです。
皮膚へのやさしさに配慮されており、皮膚がふやけないように透湿性の高い基材を使用し、かゆみやかぶれ防止のため化学刺激の少ない粘着剤を使用しています。
医療の現場ではテープを正しく選択しないと、重要な管類が抜けたり、創の治癒を遅らせたりなど治療の妨げになることもあります。
最適なテープを選ぶために、固定する用途・貼る時間・貼る場所・皮膚の状態を考慮する必要があります。
ゲル状粘着剤
医療用テープの粘着剤は主に4種類あり、それぞれ用途に合わせて使われています。
引用:https://www.nichiban.co.jp/medical/learn/choose/
医療用テープの粘着剤に求められる要素はしっかりくっつくことだけではありません。
テープの使用に関連する皮膚トラブルは、かぶれやかゆみの他、皮膚から剥がす時によく起こり、それらは直接皮膚に触れている粘着剤が原因となっている場合が多いのです。
そのため、皮膚への負担が少ないことも粘着剤の重要な要素になります。
適度な粘着性と皮膚へのやさしさを両立する粘着剤として使用されているのが、ゲル状の粘着剤です。
ゲル状の粘着剤を使用した優肌絆(ユウキバン)というテープは、その性能の良さから多くの医療機関で採用されています。
実際に今までの職場での優肌絆使用率は高く、現在も使っています。
では、ゲル状の粘着剤はどういった点が優れているのでしょうか?
粘着剤が柔らかいゲル状であると、皮膚の凹凸によくなじみ接着面積を大きくとることができます。
固い粘着剤の場合は「点」で固定していますが、ゲル状の粘着剤では「面」での粘着が可能なため、ファンデルワールス力を最大限に活かすことができ、十分な固定力を保ちます。
引用:https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/special/vol1/
ゲル状の粘着剤はゼリーのように柔らかく、皮膚の動きに柔軟に対応します。
このゲルの柔軟性により、皮膚への引っ張りや刺激が少なくなるのです。
そしてテープを取り外す際も、ゲル状の粘着剤は伸びる性質があるため、皮膚へのダメージを軽減します。
このように、ゲル状の粘着剤は、皮膚へのやさしさに配慮しつつ、しっかりと皮膚に接触することで粘着力もキープされているのです。
テープの剥がし方
テープ自体に皮膚にやさしい工夫がされていても、適切に使用しないと皮膚トラブルは避けられません。
皮膚トラブルの多くはテープを剥がす時に起こるため、剥がし方に注意が必要です。
医療用テープは、種類によって剥がし方に違いがあります。
サージカルテープなどの多くのテープは、一般的なテープと同様に粘着剤の弾性による接着力が主であるため、固まった粘着剤の皮膚凹凸へのひっかかりを取るイメージで、180°の方向へゆっくり剥がします。
引用:https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/science/abrasion01.html
一方、それらのテープとは異なる剥がし方をするテープがあります。
それはフィルムドレッシングです。
フィルムドレッシングとは、極薄のポリウレタンなどのフィルムの基材と、少量の粘着剤でできている、比較的肌に優しいテープです。
透明で防水であるため、創部の保護や点滴の針の固定、皮膚をすれなどの刺激から守るために貼ることもあります。
使用している粘着剤が少ないため弾性(粘着剤が固まって留まる力)は弱いのですが、基材が柔軟な素材であるため、少ない粘着剤でもずれずに接着が固定されます。
これは、柔軟な基材が皮膚の微細な凹凸に密着しやすくなっているためで、主な接着の力はファンデルワールス力によるものです。
そのため剥がす時は、粘着剤による引っかかりを取るのではなく、吸い付いている接触面を皮膚から離すイメージで、皮膚と同方向に引っ張ります。
引用:https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/science/abrasion01.html
このように、テープの基材の素材と粘着剤による接着メカニズムの違いによって、剥がし方にも違いが生まれます。
まとめ
今回、化学で学習した分子間力から、日常的に使用している医療用テープについて調べました。
テープ接着メカニズムの中心には、フェンデルワールス力という分子間の引き合いがあります。
医療用テープの中には、この基本的な原理を基にゲル状の粘着剤を使用することで、皮膚への優しさと固定力を持ったものがあります。
また、テープによって剥がし方が違うのは、テープの構造や粘着剤の性質によるものであるとわかりました。
仕組みを理解することで根拠が分かり、それが適切なケアにつながると感じました。
参照
テープの歴史館:https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/history/chronology.html
日東電工CSシステム 公式テープ通販サイト https://tape-omakase-navi.com/
綜研化学株式会社 https://www.soken-ce.co.jp/product/PSA/knowledge/basic/adhesive_and_glue.html
石田秀輝(2011)、ヤモリの指から不思議なテープ、アリス館
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